走るQBが好きだ。いや走ることもできるQBが好きだと言い換えたほうがいい。パサーとして一級品ながら走ってもすごいQB。NFLならジョン・エルウェー、ランドール・カニングハム、スティーブ・ヤングらの面々だ。


 日本では走れるQBの方がむしろ当たり前だが、松岡秀樹さん、東海辰弥さん、現役では高田鉄男(パナソニック・インパルス)といった顔ぶれが思い浮かぶ。そんな私にとって気になる選手がNFLに復帰しようとしている。ティム・ティーボウである。
 2年間テレビの解説者として過ごしていた元QBが、4月20日にフィラデルフィア・イーグルスと契約を結ぶことが明らかにになって以来、インターネット上には久しぶりにティーボウの話題があふれ始めている。


 1987年生まれのティーボウは、高校まで学校に通わずに家庭で教育を受けた(ホームスクーリング)が、フットボールでは地元のフロリダ州の高校チームに参加し、並外れた能力を発揮する。
 QBとしてパスで95タッチダウン(TD)、ランで63TDという成績を残し、卒業時にはカレッジフットボール名門校による争奪戦となった。ミシガン大、オハイオ州立大、南カリフォルニア大、アラバマ大、ルイジアナ州立大などのトップ校の中からティーボウが選んだのは両親が卒業したフロリダ大だった。


 そこで彼は、ヘッドコーチ(HC)のアーバン・マイヤーに出会う。マイヤーは前年にユタ大学からHCとして加入したばかり。伝統的なラン中心のオプション攻撃にショットガンによるパス攻撃を組み合わせた新戦術「スプレッドオプション」で、大学フットボール界に旋風を起こしていた。
 1年生ながらティーボウの強靱な体が生み出す力強いランに注目したマイヤーは、彼をゴール前などの勝負所で起用しTDを量産する。この2006年のシーズン、フロリダ大は全米王者に輝いた。


 ティーボウが真価を発揮したのは翌2007年のシーズンからだ。エースQBに昇格した彼は、マイヤーのオフェンススタイルにマッチした。パス3286ヤード32TD、ランでも895ヤード23TDを記録しハイズマン賞(全米最優秀選手賞)を受賞する。


 ハイズマン賞の歴史上、初めての2年生での受賞だった。3年時には、チームを再び全米優勝に導き、4年次もチームはサウスイースタンカンファレンス(SEC)決勝でアラバマ大に敗れたが、最終的には全米3位となった。
 この間ティーボウはオフェンスだけでなく、チームの大黒柱として活躍を続け、カレッジフットボールの枠を大きくはみ出す全米レベルの有名人になっていた。


 彼の影響力を伝える象徴的なエピソードがある。全米大学体育協会(NCAA)がティーボウの卒業した後、2010年シーズンを前に行った公式規則改正の中に「アイ・シェイドに関する規定の制定」というものがある。アイ・シェイドとはアイブラックとも呼ばれ、アメリカンフットボールや野球などで、まぶしさを防ぐために目の下に塗ったり貼ったりする黒色素材の総称だ。
 改正された規則では「目の下に塗る、または貼るアイ・シェイドは黒一色で、文字やロゴ、番号、シンボルマークなどを表示しないこと」となった。


 熱心なクリスチャンのティーボウは、2008年シーズンの全米王座決定戦で、アイ・シェイドに「John」「3:16」の文字を記入してプレーしたが、これは新約聖書の「ヨハネ福音書の第3章16節」を表していた。
 チームはオクラホマ大を破って全米王者となり、ティーボウは試合後のインタビューにアイ・シェイドのまま登場する。ティーボウはアイ・シェイドに度々こういった「宗教的な符号」を記入して登場した。


 スポーツ雑誌「スポーツイラストレイテッド」の表紙にもなった。NCAAは動いた。宗教的なメッセージをテレビ放送やマスメディアの報道上で流すことになったという解釈だったのだろう。
 アイ・シェイドへの文字記入は他のスター選手も普通にやっていたがルール改正にまでは結びつかなかった。この改正は「ティーボウルール」と呼ばれた。


 プロ入り前からスーパースターだったティーボウだが、NFLの各球団は実力に疑問符を付けた。テークバックの大きい独特の投球フォームが問題視されたのだ。
 また、カレッジでは猛威を振るっていたスプレッドオプション攻撃だが、NFLで採用するチームは当時は皆無。2001年にハイズマン賞を受賞してNFL入りしながら、まったく活躍できなかったオプション攻撃出身のQBエリック・クラウチ(ネブラスカ大)らの記憶もあったようだ。


 さらに、ティーボウは左投げだったため、OLの動きは逆さまになるなどの不利な面もあった。191センチ、112キロの頑健な体とパワーを評価して、FBやTEに転身すべきだという意見さえあった。


 2010年4月のドラフトで、ティーボウはデンバー・ブロンコスにドラフト1巡(全体25位)で指名される。事前の評判からは意外な高順位だった。
 プロ1年目は主に「ワイルドキャット」隊形のQBとして使われていたが、エースQBだったカイル・オートンが負傷すると、シーズン最後の3試合は先発に昇格。パス654ヤード、ラン227ヤードとまずまずの成績を残す。とはいえ、パス成功率は50%と低く、2年目のシーズンも控えQBに回った。


 2011年のシーズン、ブロンコスは開幕から5試合で1勝4敗と前年に続く不振。この年からヘッドコーチに就任したジョン・フォックスの決断は、オートンの降格とティーボウの先発だった。
 ドルフィンズ戦、ライオンズ戦で1勝1敗の後、第9週のレイダーズ戦から6連勝で、チームは地区首位に躍り出た。この間ティーボウはパスで11、ランで3TD、インターセプトは2だった。


 そうした成績以上に、ティーボウは英語で言うインタンジブル、つまり「目に見えない何か」を持っていた。先発して得た7勝中5勝が第4クオーターからの逆転、さらに3勝はオーバータイムでの勝利だった。
 この後快進撃にブレーキがかかったブロンコスは3連敗で8勝8敗に。AFC西地区でかろうじて地区優勝し、プレーオフに進出した。


 初戦となったワイルドカードプレーオフの相手は、前年度スーパーボウルに出場し、この年もAFC北地区2位ながら12勝4敗の名門スティーラーズ。パス守備はリーグ1位で、ティーボウがかなう相手ではないと思われた。
 しかしティーボウはここでも勝負強さを発揮した。第2クオーターにランとパスで2TDを奪って逆転。ゲーム最終盤に同点とされたが、延長オーバータイムの最初のプレーで、WRデマリアス・トーマスに80ヤードのTDパスを決めて試合を決めた。地元マイルハイスタジアムは熱狂した。


 ブロンコスは次のディビジョナルプレーオフでペイトリオッツに大敗して、ジェットコースターのようなシーズンを終えたが、ドラマはまだ終わらなかった。
 ブロンコスはオフに、首の負傷が原因で2011年のシーズンを全休したリーグNo.1のパサー、ペイトン・マニングを獲得したのだ。トップ級のQBだったブロンコスのエルウェー副社長は、劇的な勝利を重ねたとはいえ、パス成功率が46・5%と不確実なティーボウを認めなかった。ティーボウはジェッツにトレードされた。


 ジェッツでは出番が極端に減った。シーズン終盤にプレーオフへの道が閉ざされた後も出番はなく、QBとしてはパスを8回投げただけ。翌2013年3月にチームから放出された。
 ペイトリオッツが6月に契約したがシーズン開幕前に解雇された。選手としてのティーボウはそこでいったん終わった。


カレッジフットボールのテレビアナリストとなったティーボウは、この2年間、有名なQBコーチについてプライベートで練習をしてきたという。


 ティーボウがNFLで成功する可能性はあるのか。アサヒビール・シルバースターの有馬隼人オフェンスコーディネーターに話を聞いた。
 関西学院大学ファイターズ時代に学生王者となり、ブランクを経て社会人で復活した経歴を持つ有馬さんは、左投げで走力も高いという点でもティーボウに似た部分を持つ。


 有馬さんはブランクとなった2年間で、ティーボウが練習を積んでスローイングが向上し、パスの質が上がっているという情報に注目する。「球質の問題はさておき、大切なのはリリースの早さを身につけられたかどうかでしょう。ティーボウは、投球動作において、初動からボールが手を離れるまでの時間が、トップクラスのQBと比較して極めて長いことが、NFLでの活躍を妨げてきました」という。
 ティーボウが活躍した2011年のシーズンでも「決まっているパスのほとんどはターゲットがワイドオープンになっているケースであり、際どいパスを次々に決められた訳ではありませんでした」


 有馬さんはさらにこう続ける。「無論、イーグルスのチップ・ケリーHCが、ティーボウをエース候補として迎えるわけではないでしょう。しかし、RBルショーン・マッコイやWRジェレミー・マクリンを失った今季、HC就任後の2年でNFLチームにアジャストされた部分を帳消しにするための手段の一つとして、NFLで最も頑強なフィジカルタフネスを持つQBを起用した新たな展開を描いていることは間違いないでしょう。短いパスを手離れ早く通される可能性が少なからずあることを、対戦相手となるディフェンスが認めたとき、ティーボウが再びNFLのフィールドで機能する機会を得られるのだと考えています」


 米メディアはティーボウの復帰には極めて懐疑的だ。イーグルスとの契約は1年で、保証もない。4月末のドラフトの結果次第ではシーズンどころかキャンプまでもたどり着けないかもしれない。
 だが、ペイトン・マニングやトム・ブレイディのような理詰めのスーパースターばかりでも面白くない。再挑戦を応援したいと思っている。

【写真】2013年にペイトリオッツと契約したティーボウだったが、シーズン開幕前に解雇された(AP=共同)