プロフットボールNFLのドラフト会議を描いて話題となっていた映画「ドラフト・デイ」を見た。
 主人公はケビン・コスナー扮するクリーブランド・ブラウンズの架空のGMサニー・ウィーバーJrだが、ストーリーの上で重要な役割を果たすのが、ドラフト全体1位最有力候補で強豪ウィスコンシン大の架空のQBボー・キャラハンだ。
 キャラハンの演技シーンは少なく、演じたジョシュ・ペンスもスターとは言えない俳優だが、各チームがキャラハンという選手をどう評価するかが、ストーリーの軸となっている。


 映画の中では、ハイズマントロフィー受賞者で、フィールド上では「アンドルー・ラック以来の逸材」と評価されるキャラハンだが、オフフィールドでの本当の姿はどうか、GMのウィーバーが探り続ける。
 ブラウンズファンからすれば、2012年のハイズマン受賞者で鳴り物入りで入団しながら、素行やキャラクターの問題で疑問符を投げかけられている「ジョニーフットボール」ことジョニー・マンゼルをモデルにしたと思うだろう。
 また、2013年にハイズマン賞と全米王座をつかみ、素質や能力は超一流と評価されながら、窃盗や婦女暴行疑惑(不起訴)などの過去を持つ、今年のドラフト全体1位最有力候補、フロリダ州立大QBジェーミス・ウィンストンを連想するファンも多いと思う。


 ドラフトでQBを1巡指名することには、いつも疑問が付きまとうものだ。だが現実にはNFLでスターとなるQBはドラフト1巡指名の経歴を持つ選手が多い。
 過去の名QBでもスーパーボウル制覇4回のテリー・ブラッドショー(スティーラーズ)、3回のトロイ・エイクマン(カウボーイズ)、2回のジョン・エルウェー(ブロンコス)がそうだ。さらにさかのぼればボブ・グリーシー(ドルフィンズ)、ジョー・ネイマス(ジェッツ)も1巡指名だった。


 昨シーズンのプロボウルに選出されたAFC、NFC両カンファレンスのQB6人のうち、アンドルー・ラック(コルツ)、ペイトン・マニング(ブロンコス)、ベン・ロスリスバーガー(スティーラーズ)、アーロン・ロジャース(パッカーズ)の4人が1巡指名選手だ。残り2人は、トム・ブレイディ(ペイトリオッツ)とトニー・ロモ(カウボーイズ)。


 昨季、自身4度目のスーパーボウル勝利を記録したブレイディは2000年の6巡指名。ロモは、華やかなパスオフェンスとは裏腹に、ドラフト外入団で、出身のイースタンイリノイ大学はディビジョン1AA(現FCS、実質的な2部)と地味な経歴の持ち主だ。


 しかし、ドラフト外入団の無名選手からスターになったQBといえば、1999年シーズンに突然現れて、前年まで3シーズン連続2桁敗戦と低迷していたセントルイス・ラムズを一気にスーパーボウル優勝まで導いた「シンデレラ」カート・ワーナーだろう。


 ワーナーはディビジョン1AAのノーザンアイオワ大出身。1993年の大学4年時にスターターとなるが、取り立てて優れた数字を残すこともなく、NFLはもちろん一般のファンからも無名の存在だった。
 卒業後、パッカーズのキャンプに参加するがすぐにカットされ、生活のためスーパーマーケットで時給5ドル50セントで働いた。トイレットペーパーをボールに見立ててパスを投げていたという有名な逸話は、このころのものだ。


 95年にアリーナフットボールのチームへ入団。すぐに頭角を現すと、3年目にはシーズン79タッチダウンをマークして、ようやくNFLのチームからも注目を浴びる存在になる。
 98年にラムズに入団すると、NFLヨーロッパのアムステルダムアドミラルズへ派遣され活躍する。同じシーズンにライン・ファイアでプレーしていたのが、おなじみの中村多聞さんだ。


 ワーナーが99年にラムズでエースQBの負傷から先発の座をつかんだ後の活躍はめざましかった。彼の爆発的なパスで、ラムズオフェンスは覚醒し、3シーズン連続で500得点以上というNFL史上初の記録を残し、スーパーボウルにも2回出場した(1勝1敗)。
 ワーナーはその後チームを変わり、2008年シーズンにはカージナルスで3度目のスーパーボウルに出場し、スティーラーズをあと一歩まで追いつめた。


 ワーナー以外でも、ドラフト外入団ながらで活躍している選手は多数いる。現役ではなんといってもWRウェス・ウェルカー(ブロンコス)。ペイトリオッツ時代、パス100キャッチ以上のシーズンが5回。ブレイディと最高のホットラインを形成した。
 長年リーグトップ級のTEとして活躍しているアントニオ・ゲーツ(チャージャーズ)、ペイトリオッツ、コルツでスーパーボウルを制したキッカーのアダム・ビナティエリ(コルツ)、激しいヒットで今なお活躍するLBジェームス・ハリソン(スティーラーズ)らもそうだ。


 プロフットボールやドラフトがない日本のアメリカンフットボールでも、大学時代は無名ながらその後活躍した選手は数多い。もちろん中村多聞さんがその一人なのは言うまでもない。


 今でも歴代日本代表最強OLと言われる平本晴久さん(山梨学院大)、現役では、IBMビッグブルーのベテランOL村上崇就(東京国際大)、オービック・シーガルズのQB龍村学(神奈川大)、日本代表としても期待がかかる富士通フロンティアーズのLB竹内修平(日本福祉大)、大学1年生で甲子園ボウルを見て2年でアメフットを始めたという佐伯栄太(桃山学院大)などが思い浮かぶ。


 LIXILディアーズは、LBの牧内崇志(新潟大)、DB加藤公基(金沢大)、桑澤勇士(武蔵工大)ら守備陣に地方や下部校出身で、社会人としてプレーするようになってトップに上り詰めた選手が多い印象がある。


 最後にあるエピソードを紹介したい。1990年代に松下電工インパルス(現パナソニック)で活躍し、インパルスを初の日本一に導いた白岩弘司さんの話だ。
 185センチ105キロの巨体で大暴れし「松下電工イコール強力ディフェンス」という今に引き継がれる図式を確立した、伝説的な守備ラインだった白岩さんは、大阪経済大の出身。学生時代は1部でプレーしたことはなかった。


 大学4年時の東西対抗大学オールスター戦、西宮ボウルの試合前に、関西学生オールスターのスクリーメージ練習の相手として招聘された2部の学生の中に白岩さんがいた。
 白岩さんは「これが俺の西宮ボウルや」と、全力でプレーしたのが、松下電工関係者の目に留まった。6月下旬で、既に就職活動は実質的に終了していたそうだが、「ウチで働く気はないか」と打診された白岩さんは二つ返事で了承、松下電工に入社したという。


 「たまたま、入社辞退者が出て、『アメフット枠』に欠員ができたらしいです。私は運が良かったんですわ」と豪放に笑う白岩さん。しかし幸運だったのはインパルスだったのではないかと思う。


 社会人アメフット、Xリーグは今はクラブチームが主流になった。就職先にチームがなくとも、競技を続けられるというプラスの側面もある。今春の卒業生、あるいは一時的に競技から離れている選手も、チャンスがあるなら是非アメフットを続けてほしい。

【写真】白岩さんの活躍を伝える毎日新聞紙面。写真は筆者が撮影=1995年12月