今年のオフシーズンは、選手、コーチ以外でサイドラインに立つさまざまな人たちにスポットを当てたい。今回は、2011~12年のシーズンに、NFLサンフランシスコ・フォーティナイナーズ(49ers)のチア「Gold Rush(ゴールドラッシュ)」のメンバーとして活動した佐竹美帆さんを取り上げる。


 NFLでチアリーダーとして活躍する日本女性は、2014年シーズンは10人(NFLジャパン調べ)と、二桁の大台に乗った。すっかり定着したと言ってもいいだろう。毎年3月から4月にかけて各球団チアのオーディションが開催される。日本からチャレンジする女性たちへの一助として、オーディション受験を中心に佐竹さんに話を聞いた。


 ▽チアを始めるきっかけ、渡米への決意
 1987年生まれで今年28歳になった佐竹さん。チアの経験は社会人になるまでなかったという。小学校3年から大学(立教女学院短大)まで器械体操を続けていたが、トヨタ自動車に就職してから、同社のバスケットボールチーム「アルバルク東京」のチアとして勧誘され始めた。


 2007年のことで、アルバルクのチアには、ちょうどその年から安田愛さん(元49ersチア)がコーチとして加わり、競技チアの世界では有名だった須長順子さん(現アルバルクチアディレクター)もコーチだったため、チアを始めた時からこの世界のトップ級の二人に指導を受ける幸運に恵まれた。「お二人には影響を受けました」と佐竹さんは言う。


 渡米してNFLのチアを目指そうとした動機について「二人のコーチから、チアはすごく楽しいということを教わり、2年くらいたった頃から『これが私の仕事にならないか』と思い始めました」。


 ちょうどその頃、アルバルク東京の事務局の業務に携わっていた佐竹さんだが、チームが(アマチュアの)実業団ということもあり、「日本のスポーツ界はまじめすぎてエンターテインメントというか、お客さんをどうやって盛り上げるかということに関心が薄いように感じて、物足りなくなっていた」という。
「何か変革を起こしたい、違うことをしてみたいと思いました」。もともと米国への憧れはあり、貯金をするなどさまざまな準備をして、4年間の会社員生活ののち、24歳になった2011年3月末に、オーディションのために渡米した。49ERSを皮切りに、オークランド・レイダーズ、サンディエゴ・チャージャーズを受験する予定だったという。


 3チームを選んだ理由は、安田さんに教わっていたため、最初から49ersは頭にあった。また米国で暮らしたこともなく、英語が得意なわけでもなかったので、アジア系が多く、日本に近い土地、またチームにも過去日本人がいたことがあるということで、(カリフォルニア州の)3チームを選んだという。
 渡米前にホームページを見て研究したが、49ersのチアはダンスがうまいとか容姿がセクシーといったことよりも、ファンサービスをちゃんとできるか、人前できちんと話をできるかといったことを重視している傾向があると考えたそうだ。


 ▽器械体操の経験を生かす
 佐竹さんは受験時のチア経験年数が4年と、比較的少なかった。「須長さんは競技ダンスチアの方だったので、ターンとか競技の中で見せる振り付けが主でした。安田さんは、NFLスタイルの、お客さんが乗りやすく、かつ一人一人が可愛く映えるような振付でした。私はダンスをやったことがなかったので、どちらもそれほど得意ではなかったのです」
 アルバルク時代、当初はスタンツ(組体操的な動き)や、冒頭一人で宙返りする動きなどはあった。安田さんの助言もあって、オーディションでは体操の経験を生かしたアクロバットを入れた演技を見せた。「身体能力をアピールすることができたと思います。わかりやすいので会場も沸きました」


 オーディションは一般の観客がいる場所で行われることもある。49ersの場合、ダンスの実技は1次、2次、3次まで同じ日に実施されたが、2次から、VIPと思われる50人くらいが観覧していた。
 当初の350人を3次で75人までに絞り込み、面接を経て数日後に行われた最終実技では「シビックセンターのような場所で、一般の観客が300人ぐらいいたと思います」。佐竹さんによると、オーディションを公開するチームは比較的多いという。日本ではなかなかないことなので、慣れる必要がある。


 器械体操をやっていたことの良さは他にもあった。体操では床運動と平均台が得意で、踊るのは好きだったという。体操演技の振り付けとして、ダンスではなく音楽に乗せた動きを自分で創作することをやっていた。「実際の曲の中で、このリズムの動きを作りたいという感じで、それは米国風のやり方と同じだったのです」
 表現という意味では、自分がいかにして目立つかという部分が体操の振り付けにはあるという。チアを長くやっていると、周りに合わせることを考えがちになってしまうが、オーディションはそれだけでは受からなかったと述懐する。


 ▽ビザの取得、推薦状
 日本からNFLのチアに挑戦する女性にとって、関門の一つが就労ビザの取得だった。佐竹さんは「合格するとは思っていなかったので、ビザなどについてはほとんど準備をしていませんでした」。しかし、49ersは、安田さんを始め、過去に数人の日本人を採用していたということで理解があった。


 49ersから4月1日に合格の通知を受け、すぐに帰国して(ビザ取得のための)推薦状のお願いなどに取り掛かった。ビザの種類はO(就労ビザの一種、科学、芸術、教育、事業、スポーツにおける卓越した能力の持ち主などに発給)。


 以前の状況はわからないが、今はビザの取得が難しいという話を聞いたことはないという。「きちんと書類をそろえて、専門家にお任せすれば取得はできるのではないでしょうか」という。ただ、時間はかかるので、チームが待ってくれるかどうかという問題はある。
 日本人を採用した経験があるチームは、ビザ取得には一定の時間がかかるということを知識として持っており、「我々のチームに合流するのが2カ月間遅れる」といったことを理解してくれているという。


 また、NFLのチアと言っても組織形態には球団によって違いがある。球団の正式な組織ではなくクラブチームのような形で運営されているチアの場合、ビザ取得にあたって球団のサポートに差が出てくる場合もあるという。


 佐竹さんの場合、ビザ取得には難しい場面もあった、Oビザの場合、その分野でトップであることを証明しなければならないのだが、「私は競技チアの大会に出たことがなかったので。それは致命的という指摘も受けました」。そのため、スポーツのシーンで応援や盛り上げにどれだけ貢献したかという部分にフォーカスを当てた形にした。
 幸いなことにトヨタという大きな会社で働いていたことがこの局面で佐竹さんの力になった。「本当にいろいろな方に応援していただきました。バスケのチームはもちろん、本社の役員の方にも書いていただきました」。2009年にトヨタのミニバン「WISH」のテレビCMに出演したこともあり、そういったことも盛り込んでもらったという。


 佐竹さんのチア活動はバスケットボールだけでなく他競技に及んでいた。サッカーのアジアチャンピオンズリーグの試合で、フィールド中央で踊った経験があり、国際サッカー連盟(FIFA)の関係者からも推薦状をもらうことができた。
 2009年にフジテレビで放送されたドラマ「ブザー・ビート」の中で、女優の相武紗季さん演じるチアリーダーのモデルが佐竹さんだったということで、当時取材を受けた雑誌編集者にも依頼した。多方面から集まった推薦状の成果もあったのだろう。佐竹さんは、支障なくOビザが取得できた。


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 佐竹さんの話を通じて感じたのは、自分のバックグラウンドの長所を生かし、足りない部分を逆に武器にする積極性だ。また、世界的な企業で、社会人としてきちんと仕事を続けてきたことが、ビザ取得の際に大きな力となった。
 ややもすれば、以前の日本では、高い能力の運動選手は「○○バカ」で良し、とする風潮があった。しかし、海外へ出てトップレベルの世界に身を投じる場合には、それだけでは足りないということだろう。次回は、佐竹さんが実際にオーディションで体験したことについて書きたい。

【写真】2011~12年に49ersのチアリーダーとして活躍した佐竹美帆さん=撮影:Yosei Kozano