1975年の早春にスーパーボウル(ピッツバーグ・スティーラーズ対ミネソタ・バイキングズ)のテレビ放送で初めてアメリカンフットボールの試合を見て、このスポーツをもっと知りたいと思っていた少年時代の私は、地元の図書館で一冊の本に出会った。「アメリカンフットボール」(婦人画報社、1974年初版)。スポーツ写真家として活躍し、後に専門誌『アメリカンフットボールマガジン』(ベースボールマガジン社、現在不定期刊)の編集長なども務めた比佐仁さんの著書だ。

 書架に並んでいた他の入門書と違い、この本は歴史や位置づけ、人気、大学とプロの違い、スーパーボウルや大学のボウルゲームの成り立ち、名選手や名コーチ、有名な試合に至るまで、取材に基づいて生き生きと描写されていた。その後書店で購入して、何度も繰り返し読んだ。

 特に強い印象を受けたのが、スポーツと水分補給に関するストーリーだ。「サイドライン兵器」と題した話によると、試合や練習中のベンチでは、選手たちが酸素吸入器を使って体力を回復させる。さらに「ゲータレード」と呼ばれる、体液と似た成分のソーダのような飲み物があって、選手たちはプレーの合間に飲んでいるという。いわゆるスポーツドリンクである。

 当時、日本では「スポーツの練習や試合中の水分補給は厳禁」というのが“常識”だった。体に悪いだけでなく、水を我慢することで強靱な精神が鍛えられるという考えが広く信じられていた。ところが本場のアメリカンフットボールではその水分補給を奨励している。それどころか、単なる水ではなく味がついていて、夏場の練習時には、棒を付けてアイスキャンディー状にして選手はそれを食べているという。

 「巨人の星」「あしたのジョー」の放送から間もない1975年の日本、少年の目にも驚きだった。「アメリカンフットボールは合理的で進んでいる」。それが強く脳裏に残った。

 もう一点心に残ったのが「職業意識」という題の話。比佐さんとスティーラーズの名QBだったテリー・ブラッドショーのエピソードだ。以前に取材で世話になったお礼に、と比佐さんは写真をプリントし、ピッツバーグを訪ねた。ブラッドショーに見せると出来をほめてくれた上で「いくらだ」とたずねられた。びっくりしながら「お礼だからお金はいらない」というと、「お前はプロのフォトグラファーだろう」と言われたという。しどろもどろになりながら「お礼だから受け取ってくれ」というと、ブラッドショーはうれしそうに「それなら俺に出来ることがあればなんでも言ってくれ」と写真を受け取ってくれたそうだ。

 比佐さんは、「ブラッドショーの顔は『プロフェッショナルは技術を売るのだ。俺のプレーもプロフェッショナルだからスティーラーズに売れるのだ』と言っているようだった。彼のプロ意識は、ただではやらない、そしてただではもらわない」なのである、と記している。

 「プロ」という言葉は、当時の日本では今ほどの評価はなく、むしろ金に絡んだ卑しいイメージがあったように思う。しかし米国ではトップ選手がプロであることに胸を張る。当時はカメラを手にしたこともなかった私だが、このエピソードを読んだことが、写真のプロを志すきっかけだった。今の自分があの時代にタイムスリップしてブラッドショーの前に立ったとしたら、撮った写真を「いくらだ」と言ってもらえるだろうか、そう自問する日々である。

【写真】1974年に婦人画報社から出版された「アメリカンフットボール」