長身。きれいなふくらはぎの筋肉。後ろ姿から、あの筋肉のつき方から、絶対に私の知っている人のはずと、しばらく観察。そしてサングラス越しの目で確信。
 「昌泳くん!」―。9月の初め、電車のなかでの出来事です。同じ車両で、ドアの横に立っていたのは、昨シーズンで現役を引退した元日本代表WRで立命大、Xリーグのパナソニック・インパルスで活躍した長谷川昌泳選手でした。


 「うわ、小西さん、お久しぶりです!」。びっくりした表情はすぐにいつもの笑顔になり、座っている私の前に来てくれました。
 一対一で話したのはどれくらいぶりだったでしょう。


 「日大のコーチになったんだよね? まさか去年で引退するとは思わなかったよ。やっぱりあのけがが尾を引いたのかな?」。唐突すぎる質問だったでしょうか。会ったら聞きたかったことを、時間を惜しむかのように聞く私。そんな私に、引退からコーチになるまでの経緯を話してくれました。聞きたかった本音を包み隠すことなく。
 そして最後は「コーチ、めっちゃ楽しいです。試合見に来てくださいね。声を掛けてくれてありがとうございました」と、名残惜しい気分の私とは対照的に、コーチとしてのスイッチを入れたかのように、リュックを背負い直した彼は電車を降り日大のグラウンドへと向かっていきました。


 それから程なくしてリーグ戦が始まりました。そんなある日…。“長谷川コーチ”に会うため、日大グラウンドを訪れました。 実は私、電車で再会した日から決めていたんです。近々ゆっくり話を聞いて、それをこのコラムに書こうと。


 練習が終わり、待っていた私の元へ笑顔で近づいてきた長谷川コーチ。グラウンドの端にあるベンチに二人で座りました。
 「あのけが、本当に深刻なものだったんだね」。電車のなかでの会話の続きです。
 あのけがとは、世界一奪還を目指し日本代表の主力として臨んだ2011年の第4回世界選手権オーストリア大会の初戦、オーストリア戦でのものです。パスキャッチの際に受けたタックルに巻き込まれ、右足首を脱臼骨折。戦線離脱となる大けがでした。本人はもちろん、日本チームにとっても大変ショッキングな出来事でした。


 長谷川コーチは「さぁ話しますか」といった表情で、まずはジャージーをたくし上げ、足首を見せてくれました。「見てください、この違い」。ほんとだ。明らかに左より「変に」太い右の足首。
 三角靱帯、外側靱帯の断裂、腓骨の脱臼骨折―これが帰国後の医師の診断でした。思っていた以上の重傷。医師の見解は「競技には復帰できる。でも元のようには戻らない」というものでした。


 こんな現実を突きつけられた時、人はどうするものなのでしょうか。長谷川選手は元に戻ることを信じて疑いませんでした。それはこれまでのフットボール人生、努力すればできると信じてきたから。そして実際、前進してきたから。だからこそ努力すればできないわけがないという思いだったのでしょう。


 11年シーズンは、ひたすらリハビリとトレーニングの日々が続きます。12年、ファーストステージ終盤に試合復帰。ですがチームはセカンドステージ敗退。引退を告げました。驚くチームメートたち。もちろん引き止められました。でも引退は、自分のなかでとっくに出ていた結論なのです。
 引退を決意したのは、12年シーズンが始まる前。それはちょうど、オーストリア戦から1年が過ぎた夏でした。


 「治療、リハビリ、トレーニング。時間、お金。ものすごくかけました。これ以上できないというところまであらゆることをやりました。でも一日は24時間しかない。仕事もしなければならない。収入もきまっている。これ以上は物理的に無理でした」
 やれることをやり尽くしたとき…。
 「分かるじゃないですか。やればやるほどに、元には戻らないって。もちろんやろうと思ったらやれるんですよ。でも昔の7、8割の僕は僕じゃないんです」


 人には引き際があるのですね。これが「長谷川昌泳」の引き際なのです。
 「現役でフットボールができないことは、そりゃ寂しいですよ。でも今、ほんまに充実しています。僕ね、今年度からコーチとして日大にお世話になっているんですけど、きのうが4月1日かって思うくらい毎日が充実していて、あっという間に一日が終わっていくんですよ」
 そして今はけがをしてよかったなとさえ思えるという。
 「学生のなかには大けがを経験している選手がたくさんいるんですよ。僕も学生時代、もちろんけがはしましたけど、競技復帰が危ぶまれるほどのけがではなかったんです。でも2年前にあの大けがを経験したことで、僕のなかで色々なことが変わりました。大けがをして、それでもグラウンドに戻ってきて、求められている姿に近づこうと必死で努力をする選手たちの苦しみを、身をもって知ったんです。尊いなと思いました。そしてそんな思いをしているのは大けがをした選手ばかりではない。けがをしていなくても、必死でやってもできない子もいる。それでももがき苦しみながら努力をする。そんな子の気持ちが大けがをしたことで分かったし、もっと分かろうとするようになった。だって自分も、できていたことができなくなったんですから」


 11月24日。横浜スタジアムで行われた関東大学選手権「あずまボウル」。日大は関東のライバル法大を13―6で破り、甲子園ボウル出場に大きく前進しました。長谷川コーチにとって初めてのビッグゲーム。試合中は熱い言葉で、ときには笑顔を交えて選手を鼓舞し続けました。
 試合終了の瞬間。喜びを体いっぱいで表現する選手たちの後ろで、感極まった長谷川コーチの姿がありました。


 あの大けががなければ…。まだ選手生活は続いていたはず。次の世界選手権に向けて歩みを続けていたはずです。
 その一方で、いつかは目指すことを決めていたコーチの道。その時期は少し早まったかもしれないけれど、あの大けがが新しい自分へと導いてくれたのです。
 長谷川コーチはこう言いました。「あのけがは、神様からの最後のプレゼントやったと思います」―。

【写真】あずまボウルで日大のQB高橋(19)らワイドユニットに指示を出す長谷川コーチ=24日、横浜スタジアム