トレーニングキャンプの日程が発表になり、アメリカンフットボール専門誌からの原稿依頼もくる季節となった。あと2カ月もすればNFLの新シーズンが始まる。


 仕事でNFLに携わるようになってから27年目のシーズンを迎えるのだが、開幕が近くなるといつも頭によみがえる悔しい思い出がある。それは1997年のキックオフウイークのことだ。
 この年はプレシーズンゲームである「アメリカンボウル」が始まって9年目。NFLが日本のメディアを開幕週の取材ツアーに招待したのである。


 アメリカンボウルも根付いて、日本での人気拡大にテコ入れをするチャンスだと思ったのだと予想するが、もちろん費用はNFL持ちという今では考えられないほどの贅沢な取材旅行だ。
 ところが、その取材ツアーに筆者の務めるジャパンタイムズは招待されなかった。理由は「英字媒体」だからということだった。


 NFLの狙いはあくまでも日本人のファン拡大であって、在日外国人が読者の大半を占めると思われがちな弊紙は除外されたのだ。


 弊社は外資系と間違われることが多いが、創刊から120年の歴史で海外の資本が入ったことはなく、純然たる国内企業であり、読者の約半数は日本人だ。
 取材ツアーの主催者であったNFLジャパンに再考を求めたものの、駆け出しの新聞記者でまだアメフットの世界でもキャリアの浅かった筆者の発言など何の効力も持たずに却下された。
 「ジャパンタイムズさんは英字新聞なので対象外とさせていただきます」との担当者の言葉は今でも耳に残っている。


 取材対象になった試合がカウボーイズ@スティーラーズだったのも悔しさを倍増させた理由だ。
大学時代にピッツバーグに留学していた筆者にとって当地は思い出の地。
 しかも、スーパーボウルで3度対戦したカウボーイズとの黄金カードだ。前年度のスーパーボウルの再戦でもあった。


 普段は一緒に国内フットボールを取材している記者仲間が執筆する開幕戦の記事を、日本に残されて読んだ時の悔しさ。
 見返してやろうとまでは思わなかったが、いつか無視できないほどのアメフット記者になろうと誓ったのだった。


 筆者がこだわったのは現地での取材だった。会社や寄稿先から出張費が出るわけではないので、ほとんどが自己負担である。
 1年間雑誌等に書き続けた原稿からの収入はそのまま旅費にあてがわれるような状態だ。だから、頻繁にアメリカに渡ることはできなかったが、スーパーボウルだけは行き続けた。


 初めてスーパーボウルを取材したのが1994年1月の第28回大会だった。それから2006年の第40回大会まで連続で現地取材し、その後は数年に一度の割合で渡米している。
 第43回と47回大会はNHK―BSの解説で行かせていただいたので、この時だけは自己負担がなく助かった。


 最近は機会も少なくなったが、可能な限りレギュラーシーズンにも足を運んだ。懐事情は厳しさを増すばかりだったが、それでも行き続けたのはやはり1997年の悔しさが根底にあるからだ。
 20年も前のことをいまだに根に持つ執念に我ながらあきれるが、これが筆者のNFLライターとしてのモチベーションになっている。

【写真】筆者がテレビ解説を務めた2008年の第43回スーパーボウル、スティーラーズ―カージナルス=写真提供・生沢浩さん