押しも押されもしないNFLのトップスターの登場だ。
 ペイトリオッツのQBとしてスーパーボウル制覇5度、MVPに4度選ばれる偉業を達成したトム・ブレイディ選手(39)が6月21日、スポーツ用品メーカーの新製品のプロモーション活動のために来日し、東京・有明コロシアムで高校、大学のアメリカンフットボール選手を対象にクリニックを開催した。


 季節外れの台風を思わせる暴風雨のため、上海からの飛行機がやや遅れるというアクシデントはあったものの、「ネクストアスリートクリニック」と銘打ったイベントに疲れを見せることもなく参加。高校生8人、大学生17人(主催者発表)を対象に、ボールの投げ方などを指導した。


 MCを務めたスポーツアンカー近藤祐司さんの紹介で入場したブレイディ選手は、会場に集まった約4000人のファンから「MVP」コールで迎えられた。
 本人によれば、野球少年だった12歳の時以来、2度目の来日だそうだ。ファンへのあいさつが済むとさっそくクリニックが始まった。


 重点が置かれたのはQBのスローイングメカニック(パッシングの一連のモーション)だ。投げるパスの距離に応じて下がる距離を変える「ドロップバック」、一度後ろに下がってから再び前にステップを踏んでスローイングする「フットワーク」、クイックリリースなどほぼすべての項目で自らが手本を示し、幾多の敵を打ち破ってきたパスワークを惜しげもなく披露した。
 関係者によれば、当初は本人がここまでパスを投げる予定はなかったそうだ。ブレイディ選手が志願しての行動だったという。


 ブレイディ選手が見せるフットワークは軽やかで、テークバックしてからボールのリリースまでがスムーズで素早い。スパイラルもきれいで、ボールの回転数が多い。NFLでもトップに君臨するQBのパスの威力は凄みすら感じさせるものだった。


 筆者はレギュラーシーズン、プレーオフ、スーパーボウルのすべてでブレイディ選手を取材した経験があるが、この日のように穏やかで楽しそうな彼を見たのは初めてだ。
 オフのひとときで、シーズン中の緊張やプレッシャーから解放されている時期なので当たり前ではあるのだが、参加者と気軽にハイタッチを交わしたり、いいプレーをした選手を抱きしめたりといった行動には好感を覚えた。


 スポンサーが主催するイベントだということを差し引いても、彼のフレンドリーな言動は集まったファンを魅了した。
 来日するスター選手の中には、記者発表やインタビューなどごく限られた仕事だけをこなしてあとはプライベートな時間を楽しむ人も少なくない。この日のブレイディ選手は、こうした例とは対極のものだった。


 背景には、彼の生まれ持った性格がある。やはり17年もの長きにわたってNFLのトップ選手であり続け、地位も名誉も手にしたことによって形成された人格がそうさせるのだろう。
 そこにスーパースターであるが故の自覚を見た思いがする。


 ブレイディ選手がクリニックやメディアの囲み取材で繰り返し強調した三つの要素がある。それは「hard work(ハードワーク)」「commitment(覚悟)」「dedication(献身)」だ。
 目標や夢を叶えるという強い意志(覚悟)を持ち、それらに向けて自分自身を傾倒(献身)し、懸命に努力する(ハードワーク)ことが彼の伝えたかったメッセージだ。


 「日本人でもアメリカ人でも、この3要素をしっかりと実践することがNFL選手になるために必要だと思う。僕も常にこの三つを心がけている。日本人のNFL選手が誕生する日が来てほしいと思う。それが実現するためにはフットボールに触れ、学び、プレーする機会がとても重要だ。今日のようなクリニックに参加できる環境も大切だ」とブレイディ選手は言う。


 大逆転で優勝した今年のスーパーボウルについては「前半はいいプレーができずに大差がついた。でも、チーム内では誰もあきらめなかった。お互いを信じることを辞めなかったし、それぞれがこの試合にコミットすることで導かれる結果(勝利)を疑うこともなかった」と述べた。


 東京を最後にブレイディ選手がアジアを回るツアーは終了し、あとは1カ月半後に迫ったトレーニングキャンプに備えることになる。


 「今はどのチームも同じスタートラインに立っている。チャンピオンのペイトリオッツも、勝利を一つ一つ取りにいかなければならない。そのために全力を出すことが大切だ。とても難しい挑戦だけれど、それを楽しむくらいの気持ちでシーズンを迎えたい」とブレイディ選手は語った。

【写真】クリニックの参加者にパスの投げ方の手本を見せるトム・ブレイディ選手=6月21日、東京・有明コロシアム