今年2月に行われたスーパーボウルで、優勝したペイトリオッツのQBトム・ブレイディが試合で着用したジャージーが〝行方不明〟になるという騒動があったが、どうやらメキシコのメディア関係者が、試合後のロッカールームから持ち出したということのようだ。


 「事件」は試合直後から話題になり、FBIが動くほどの大事となった。捜査当局が会場となったNRGスタジアムの防犯ビデオなどを解析した結果、メキシコのタブロイド紙の上役であるマルティン・マウリシオ・オルテガという人物が容疑者として浮上した。


 既に家宅捜索が行われ、当該のジャージーのほか2年前のスーパーボウルのブレイディのジャージーと昨年の大会のブロンコスのヘルメットも見つかった。
 このヘルメットはMVPを受賞したOLBボン・ミラーのものだそうだ。ちなみにオルテガ容疑者は、自宅が家宅捜索を受ける2日前に会社を辞めている。


 発表によればオルテガ容疑者は、正式にNFLからスーパーボウルの取材証を取得しており、過去に何度もスーパーボウルの会場を訪れている。
 ただし、彼自身が記事を書くことは稀で、もっぱらスーパーボウル開催地を訪れる現役・引退選手と一緒に写真を撮ったり、サインをもらったりすることが多かったようだ。
 本人が「自分は仕事ではなくファンとしてスーパーボウルに来ている」と公言していたとの証言もある。


 つまり、彼は社内で重役ポストにいるという立場を悪用し、取材証を取得してメモラビリア収集に懸命だったということだ。
 ロッカールームへのアクセスがあるのをいいことに、そこからジャージーなどを盗んでいた疑いがある。


 第34回スーパーボウル(1999年シーズン)でMVPに輝いたカート・ワーナー(当時はラムズQB)の当日の試合ジャージーをなぜか所有しており、本人に8000ドルで売ろうとしたともされる。
 各種の報道が事実であればオルテガ容疑者の一連の行為は窃盗であり、処罰に値する。だが、問題はそれだけにとどまらない。彼が起こした不祥事は私たち日本人にも影響を及ぼしかねないのだ。


 今回の事件が問題視されるのは、窃盗を働いたとされるオルテガ容疑者がスーパーボウルの正式なクレデンシャル(取材証)を発行されていたメディアの一員だということだ。
 NFLに限らず、リーグ運営団体が発行する取材証はルールにのっとってスポーツ報道をするという約束の上で成立する。「クレデンシャル(credential)」とは「信用(credit)」の派生語である。信頼があってこその取材証なのだ。


 それが悪用されたことが何を意味するのか。今後NFLがメディアに対する規制を厳しくすることは間違いない。
 それも、オルテガ容疑者のように「インターナショナルメディア」、すなわちアメリカ合衆国外の報道機関だったために、すべてのアメリカ国外メディアに対するNFLの態度が硬化する可能性がある。いや、国外メディアへの対応のみが厳格化される懸念すらあるのだ。


 現在でもスーパーボウルにおけるアメリカ国内のメディアとインターナショナルメディアでは厳然たる格差が存在する。
 国内メディアは試合ではスタジアムの正式なプレスボックス(取材席)があてがわれる。これはフィールドの50ヤードラインを中心に、スタンドの2~3階席に設けられたエリアで、最もフィールドが見やすい位置にある。


 一方、インターナショナルメディアの取材席はスタンド内に特設されたエリアだ。場所もエンドゾーンを斜めに見る位置で、スタンド最上階に設置されることも珍しくない。
 宿泊するホテルも、国内メディアは記者会見などが行われるヘッドクオーターに近い高級ホテルが割り当てられるが、インターナショナルメディアはやや不便なロケーションのホテルになる。


 筆者はこうした差を必ずしも不公平だとは思わない。普段からNFLを取材する国内メディアを、たまにしか取材に来ない国外メディアよりも厚遇するのは当然だし、日本でも少なからずこうした待遇の違いはあるからだ。


 ただし、今回ばかりはインターナショナルメディアに分が悪い。スーパーボウルのクレデンシャルには、試合までの1週間に行われる記者会見などへのアクセスを許される「ウイークパス」と、試合を取材できる「ゲームクレデンシャル」の2種類がある。
 そのいずれも取得の際には「クレデンシャルを利用して選手にサインを求めたり、一緒に写真を撮ったりしてはならない。こうした行為が認められた場合はクレデンシャルの剥奪もあり得る」と明文化されたルールへの同意が不可欠となっている。


 オルテガ容疑者はこれを無視した。それどころか、窃盗まで働いたとされる。被害に遭ったブレイディとペイトリオッツの面々は、ドナルド・トランプ大統領と懇意な関係にあるのは周知の事実だ。
 そして、ブレイディのジャージーを盗んだ張本人が、トランプ大統領が締め出しを公言しているメキシコのメディアである。


 NFLが今回のオルテガ容疑者の不祥事をインターナショナルメディア全体の問題と捉えるならば、日本もその影響を免れない。
 取材証の発行数を減らされたり、ロッカールームへのアクセスが制限されたりする可能性は否定できないのだ。


 今年のNHK―BSでのスーパーボウル中継では、フィールドからのリポートが行われた。今までにはない新たな試みだった。
 ところが、今回の不祥事はこのように長年の努力によってようやく得た権益へも暗い影を落とすことになるかもしれない。


 日本から遠く離れたメキシコのメディアが起こした事件ではあるが、決して対岸の火事ではない。
 ブレイディのジャージー盗難事件は、私達にも大いにかかわりのある懸案事項となってしまったのである。

【写真】ブレイディの「ジャージー盗難事件」について伝えるメキシコの新聞(AP=共同)