7月8日に開幕する第5回IFAF世界選手権の舞台は、アメリカのオハイオ州カントンという、人口8万人ほどの小都市だ。NFLのファンには「プロフットボール殿堂」がある場所としておなじみだ。


 毎年夏に新たに殿堂入りした元選手、コーチらを祝福する式典が行われ、NFLのプレシーズンゲームの一環として記念試合(ホール・オブ・フェイム・ゲーム)が開催される。
 今年は世界選手権開幕から1カ月後にあたる8月9日にスティーラーズがバイキングズと対戦する。会場となるフォーセットスタジアムで、世界選手権の各試合も行われる。


 フォーセットスタジアムと殿堂を含む一帯には大規模なリノベーションが計画されている。その総費用のうち1100万ドル(約13億5300万円)がセインツのオーナーのトム・ベンソン氏から寄付されたため、計画が完了した時点で名称が「トム・ベンソン・ホール・オブ・フェイム・スタジアム」と変更される。


 カントンはプロフットボールリーグ発祥の地である。1920年にNFLの前身であるアメリカン・プロフットボール・アソシエーション(APFA)が世界初のアメリカンフットボールのプロリーグとして設立されたのがこの地だった。


 1869年にラトガース大学とプリンストン大学の間で行われたのがアメリカンフットボールの最初の試合だと言われる。その後20年でアメリカンフットボールはカレッジスポーツとして広く認知されることになる。


 1892年には元エール大学のスターOGだったウィリアム・ヘッフェルフィンガーがペンシルベニア州のアルゲニー・アスレチック・アソシエーションというチームと500ドルで契約し同州のライバルであるピッツバーグ・アスレチッククラブとの試合に出場した。これがアメリカンフットボール史上初のプロ選手だ。


 カレッジフットボールが人気スポーツとして定着すると、上記の2チームのように非大学系のクラブチームが乱立する。
 各クラブは人気獲得のために大学で活躍した選手を高い契約金で招き、選手もより良い条件を求めて移籍を繰り返した。人材不足に陥ったクラブは現役の大学選手に金を払ってプレーさせるという「暴挙」に出て、NCAAとの間で大きな摩擦を生むことになった。


年俸の高騰と大学スポーツへの介入という問題を解決するべく、有志のクラブが集まって統一ルールを持つプロリーグを組織した。それが1920年8月のことで、初のプロリーグの本拠地がカントンだった。


 NFL最古の勝敗表は1920年のものだ。ただし、これはすべての試合で正式な記録が残されているわけではなく、参加14チームがそれぞれこなした試合数にもバラつきがある。
 タイガース、プロズといった同じ名前のチームが二つずつあったり、翌年には一気に21チームにまで広がったりするなど、リーグとしては未成熟だった。


 それでもリーグ黎明期には現在まで続くチームが散見する。初年度から参加のシカゴ・カージナルスは現在のアリゾナ・カージナルスだ。同じイリノイ州のライバルであったディケイター・ステイリーズはベアーズの前身である。
 そして、1921年にはグリーンベイ・パッカーズとニューヨーク・ジャイアンツの名前が見られる。


 カントンにもブルドックスというチームがあり、1922年からリーグ初の3連覇を達成した。
 1927年にクリーブランドに本拠地を移すが、このブルドックスの初期の活躍がカントンの知名度とリーグにおける重要度を上げることに一役買い、1963年にプロフットボール殿堂がこの地に設立される理由の一つとなった。


 当時と現在のNFLでは、チームの数も顔ぶれも大きく変わったが、プロフットボール殿堂ではその歴史を感じることができる。
 黎明期から現在に至るまでの殿堂入り選手のユニホームやヘルメットが展示され、主要な記録が誕生した際のボールも保管されている。筆者が2007年12月に訪れた際には、当時新人だったエイドリアン・ピーターソン(バイキングズ)が1試合で296ヤードを走ってNFL新記録を樹立した直後だったので、その試合でピーターソンが着用していたジャージとスパイクが展示されていた。


 現在287人いる殿堂入りの人物のブロンズ像が並ぶ展示場は一見の価値がある。また、過去のスーパーボウルリングがすべてそろうショーケースもファンには垂涎物だ。
 もし、世界選手権の観戦に行かれるのであれば是非とも時間を作ってじっくりと訪れたい場所だ。通常の入場チケットは大人が24ドルだが、ウィークリーパスなど各種あるのでプロフットボール殿堂の公式サイトなどで事前にチェックしていかれることをお勧めしたい。

【写真】米オハイオ州カントンにある「プロフットボール殿堂」(共同)