激しいプレースタイルとヘルメットからはみ出す長髪がトレードマークのスティーラーズのセーフティー(S)トロイ・ポラマルが引退を発表した。4月19日に34歳の誕生日を迎えるポラマルのNFL生活は12年で終止符が打たれた。


 まさに「縦横無尽」という表現がぴったりの選手だった。フィールド後方を守るSというポジションでありながら、時にはLBの位置にラインアップし、またある時はスクリメージライン上からブリッツを仕掛けたりもした。
 スナップと同時にDLとOLの上を飛び越えて、ボールを受け取ったばかりのQBをタックルしたこともあった。類いまれなスピードとクイックネスを持っていたからこそ可能なプレースタイルだった。


 対戦相手のQBはまずポラマルの位置を確認してからプレーを始めたものだ。ポラマルがフィールド深く守っているからゲインができると期待したランプレーが、スクリメージラインをわずかに超えたところで止まってしまう。止めたタックラーを見たらポラマルだった。
 また、いかにもブリッツを仕掛けるという動きを見せておきながらプレー開始と同時にパスカバーに下がり、その結果インターセプトをするという場面も多々あった。


 昨年まで長期にわたってスティーラーズの守備コーディネーターを務めたディック・ルボウは常にポラマルを中心にディフェンスのゲームプランを練った。ただ、すべてのプレーで彼にアサイメントを与えたわけではなく、セットアップする位置やその後の動きなどをポラマル自身の判断と本能に任せるときもあったという。


 身長1788センチ、体重94キロと体格には恵まれなかった。それをスピードで補い、全身を投げ出すようにタックルして巨漢のボールキャリアに対抗した。
 常に冷静沈着で、自身の体へのダメージの大きいプレーの後でも、すぐに立ち上がって胸の前で十字を切る。敬虔なクリスチャンでもあるポラマルはフィールドの外では驚くほどおとなしい人で、そのソフトな語り口はともすれば聞き取れないくらいだった。そのギャップがまた人気の理由でもあった。


 2003年のドラフトで1巡(全体の16番目)指名を受けてスティーラーズ入りした。意外に思われるかもしれないが、1年目は先発出場がない。それどころか、本職のSとしてプレーする機会すら少なかった。
 ほとんどがスペシャルチームかニッケル・ダイムディフェンスでの出場だったのだ。1巡指名でありながら控えに甘んじる当時のポラマルは、多くのスティーラーズファンを落胆させたものだ。


 翌年のキャンプからストロングセーフティー(SS)のポジションを与えられて、そこから急速に頭角を現す。およそ「規格外」と言っていいその破天荒なプレースタイルが、スティーラーズのアグレッシブなディフェンスのイメージと合致し、ファンにはプレーメーカーとして認知されるようになった。
 この年にスティーラーズは3年ぶりにプレーオフに進出し、AFC決勝にまで駒を進めた。そして、翌年には26年ぶり5度目のスーパーボウル優勝を果たす。それは同時にポラマルがその人気と実力を全米に知らしめ、スターとしての地位を確立する道のりでもあった。


 プロボウルに選ばれること8回、オールプロにも4度選出された。2010年には年間最高守備選手賞を受賞。まさにスティーラーズディフェンスを象徴する存在であり、またNFLを代表するSの一人であった。


 しかし、彼のプレースタイルは次第にポラマル自身の体をむしばんでいった。低い姿勢で体ごとぶつけるタックルをするため、打ち所が悪ければ脳震盪を起こし、ふくらはぎ、アキレス腱にもダメージが蓄積されていった。
 近年は全盛期のスピードは見る影もなく、相手オフェンスに裏をかかれてビッグプレーを許してしまうことが多くなった。


 ポラマルがすでにスティーラーズディフェンスのスキームの中心ではなくなったことは誰の目にも明らかだった。2015年にポラマルがスティーラーズのユニフォームを着てプレーする確率は限りなく低く、引退か移籍かその去就が注目されていた。
 そして、ポラマルはスティーラーズの一員としてキャリアを終える決断を下した。幾日も教会に通い、そこで決心したというのがいかにもポラマルらしい。


 引退のニュースを受けて、あらためて彼のハイライトビデオを見た。まさに超人的なプレーのオンパレードで時間を忘れて見入ってしまった。


 多くのファンにとって記憶に残るポラマルのプレーは、2008年シーズンのAFC決勝でレーベンズのQBジョー・フラッコからインターセプトを奪い、そのままリターンTDしてスーパーボウル出場を決めたものかもしれない。あるいは幾度となく見せた激しタックルか。


 筆者の最も印象的な場面は少し違う。それは2005年シーズンのプレーオフ、ディビジョナルラウンドでのことだった。第6シードから勝ち上がったスティーラーズは、第1シードで優勝候補筆頭のコルツと対戦していた。
 予想に反してスティーラーズが第3Qを終了して21―3と大きくリード。これに対してペイトン・マニング率いるコルツオフェンスが第4Qに猛追するという展開だった。


 最終クオーターに入ってすぐにTDをあげたコルツは、残り時間5分26秒でさらにスティーラーズ陣内奥深くまで攻め込んでいた。点差はあるものの、流れは完全にコルツに傾いていた。その時である。
 ポラマルはマニングのパスをダイビングしてキャッチ、そのままグラウンドに倒れ込むものの、すぐに立ち上がってリターン。一度ボールをファンブルするが、自らリカバーして自陣48ヤードまでボールを戻した。残り時間を考えるとスティーラーズの勝利をほぼ確実にするプレーになったはずだった。


 しかし、これに対してコルツのトニー・ダンジーHCがチャレンジを行使、ポラマルのキャッチが無効と抗議したのだ。
 微妙なプレーだったため、オフィシャルのレビューにも時間がかかった。その間、TVのカメラはベンチで一人静かに座って一点を見つめるポラマルの姿をとらえていた。誰と会話をするでもなく、判定を気にするわけでもない。一人超然とした姿が印象的だった。


 判定はパスインコンプリート。つまりポラマルのインターセプトは認められず、コルツのオフェンスが継続となった。
 一気に沸くコルツのホームのRCAドーム。判定に明らかに不満を訴えるスティーラーズのサイドライン。そんな中、判定の瞬間だけちらりとスクリーンに目をやったポラマルは、オフィシャルの裁定を聞くとすぐに立ち上がり、ヘルメットをかぶってフィールドへと走っていった。


 この時のポラマルの顔が今でも忘れられない。判定に表情を変えることもなく、淡々と、それでいて集中力を高めてゲームに戻っていく。陳腐な表現だが、その姿に「サムライ」を見た思いがした。 


 このチャレンジの結果、コルツはTDと2点コンバージョンを成功させて18―21まで追い上げる。その後スティーラーズのファンブルで再び得点機を迎えたコルツだったが、同点を狙った48ヤードのFGアテンプトが右にそれて敗退した。
 ちなみに、後日NFLはこのチャレンジに対する判定が間違っていたことを認め、ポラマルのインターセプトは成功と判断されるべきだとの見解を示した。

 
 ポラマルは10年、いや20年に一人の逸材と言っていい。殿堂入りも間違いないだろう。彼のプレーが見られないのは寂しい限りだが、その功績が忘れられることはない。また一人、偉大な選手が伝説の世界へと旅立っていった。

【写真】2006年2月に開催された第40回スーパーボウルで優勝したスティーラーズ。ポラマルは守備の中心選手としてチームの勝利に貢献した(AP=共同)