いわゆる北米4大プロリーグの中でも全米トップの人気を誇るNFLだが、他のリーグと同じく地域性を重視した地区編成になっているため、ファンの支持は地元チームに集中しやすい。


 例えば、カリフォルニア州サンフランシスコ湾の「ベイエリア」と呼ばれる地域では、ほとんどがサンフランシスコ49ersかオークランド・レイダーズのファンだ。同じカリフォルニア州にフランチャイズを置くサンディエゴ・チャージャーズには見向きもしない。
 ましてや、遠く離れたイーストコーストのチームになると主力選手の名前もろくに知らないということも珍しくない。
 なぜなら、NFLでは全米中継される試合はマンデーナイトゲームなど少数に限られており、一般のファンは有料のケーブルテレビと契約しない限り地元のテレビ局で放送される試合しか観戦することができないからだ。各テレビ局は地元チームを中心に放映するから、必然的にローカル色が濃くなる。


 そんな中、「America’s Team」の異名を持ち、その名の通り全米で人気と知名度を誇るチームがある。ダラス・カウボーイズだ。
 ヘルメットにあしらったローンスター(一つ星)はアメリカの象徴である星条旗に通じるものがあるし、高貴の色とされる青を基調としたチームカラーもアメリカ人好みだ。


 カウボーイズが誕生したのは1960年のことだ。1920年代に誕生したNFLでは後発組で、むしろ若いチームと言える。
 ダラスのあるテキサス州は激しいコンタクトを売りにする武骨なフットボールスタイルが有名で、カレッジの人気が絶大な地域だった。その中で新参者のカウボーイズが人気と知名度を獲得するには、他のNFLチームとは違った戦略が必要だった。


 その一つがサンクスギビングデー(感謝祭)ゲームへの参入である。アメリカでは11月の第4木曜日にフットボールの試合をする伝統があった。それを受け継ぎ、NFLではデトロイト・ライオンズが毎年ホストチームを務め、当時としては異例の木曜日開催試合を行っていた。


 アメリカにおけるサンクスギビングデーは、クリスマス同様にホームタウンに帰省し、家族と一緒に家庭で過ごすのが伝統的な習慣だ。そのため、観客動員が見込めないプロスポーツは試合開催を控え、選手や球団スタッフにも休暇を与える。当時のNFLも例外ではなく、ライオンズ主催の1試合を行うだけだった。


 しかし、サンクスギビングデーは全米に放映されるという利点があった。カウボーイズが目を付けたのがこの点だ。知名度を上げるにはテレビは格好のメディアだった。
 他のチームがしり込みする中、カウボーイズはサンクスギビングデーの主催権を獲得する。この権利は現在も続いている。


 そして、間もなくチーム最初の黄金期が訪れたことで思惑通りに人気は一気に高まる。カウボーイズは1970年代だけで5回ものスーパーボウル出場を果たし、そのうち2回制覇に成功している。
 当時人気を博したのはQBロジャー・ストーバックだ。数々の逆転劇を演じ、「キャプテン・カムバック」と呼ばれた。つば広帽とロングコートのダンディないでたちがトレードマークだった初代HCトム・ランドリーは名将の名をほしいままにした。


 カウボーイズに激震が走ったのが1989年だ。この年、現オーナーのジェリー・ジョーンズがチームを買収。GMも兼任するジョーンズが最初に行った人事がランドリーの解任だった。
 チーム誕生以来29シーズンに渡って指揮を執ってきた功労者をあっさりと切り捨てるやり方は、多くのファンの反感を買った。しかし、その反発の声もやがて訪れる第2期黄金時代とともに沈静化していく。


 ジョーンズが新HCに招いたのは、アーカンソー大学時代の同窓であるジミー・ジョンソンだった。ジョンソンはマイアミ大学を全米王座に導いた手腕が評価され、緻密な戦略と戦術でチームを作るHCだった。
 同年にQBトロイ・エイクマンが入団し、翌年にはRBエミット・スミスが加わった。WRマイケル・アービンとともにこの3人はオフェンスの中核をなす「トリプレッツ」と呼ばれ、1992~93年シーズンのスーパーボウル連覇の主役となる。


 ジョーンズは莫大な資金を投入してトレードやFAで選手をかき集め、まるでオールスターのようなチームを作り上げた。
 DEチャールズ・ヘイリー、CBディオン・サンダースらがこの黄金期を支えた。90年代前半は毎年のようにカンファレンス決勝に駒を進め、常にスーパーボウルの優勝候補に挙げられるチームとなった。


 当時のライバルは49ersで、1992~94年シーズンはいずれもこの2チームがNFC決勝で戦い、勝った方がそのままスーパーボウルでも優勝した。「NFC決勝が事実上のNFL王座決定戦」と言われた時代だった。


 そのカウボーイズも1995年シーズンのリーグ制覇を最後にスーパーボウルの舞台から遠ざかる。
 1993年に導入された「サラリーキャップ制」によって、かつてのようなスーパースターをそろえられなくなったというのも一つの要因だ。


 1996年から昨年までプレーオフに7回出場しているが、この間の勝利はわずかに二つである。特に最近3年はいずれも8勝8敗で、最終戦に勝てばプレーオフ進出が決まるというチャンスをことごとく逸してきた。
 かつての黄金時代を知るファンには寂しい現実だ。日本でも人気の高いチームであるだけに、復活が待たれる。

【写真】ダラス・カウボーイズのジョーンズGM(左)とギャレットHC=(AP=共同)