イングランドは序盤にトライを許したが、WTBジェイソン・ロビンソンがトライを奪い返し、前半を14−5で折り返した。しかし、試合終了間際、オーストラリアはCTBエルトン・フラットリーが後半3本目のPGを決め、土壇場で14−14の同点に追いついた。試合は延長戦に突入。両チームが各3点を加えて迎えた後半終盤、イングランドはSOジョニー・ウィルキンソンがDGを決め、北半球に初めて優勝杯を持ち帰ることになった。

2003年11月22日(シドニー) オーストラリア 17−20 イングランド

試合前
マット・ドーソン(イングランド)
「それまでに経験したことがない緊張感があった。イングランドの長所は、(主将の)マーティン(・ジョンソン)を中心に、常に自信を持っていたこと。マーティンは自分の役割をしっかり把握していた。しかし、プレッシャーがあり、誰もミスしたくなかった。小雨が降り、ボールが濡れて滑りやすいコンディションだったので、素晴らしい試合になるとは思わなかった。全選手が自分の役割を果たすことに集中していた」

マーティン・ジョンソン(イングランド)
「ピッチに入った時の雰囲気は最高だった。私の気持ちの持ち方はその瞬間を楽しむということ。国歌斉唱は気分が高揚するが、その後は試合に集中しようと考えていた。まるで観衆がいないかのように、周りのことは気にしなかった。とにかくピッチに集中した。考えてみればすごいことだと思う。どれだけ大きな競技場でプレーしても、立ち止って3階席を見上げたりしない。ピッチ上だけに集中していた」

試合
スティーブン・ラーカム(オーストラリア)
「イングランドのことは入念に研究していた。WTBのポジションで、ジェイソン・ロビンソンとロテ・トゥキリの身長にかなりの差があることは明らかだったが、絶好のチャンスが訪れた。相手のゴールラインから20メートル、ロテが左サイドにいて、ラインアウトとスクラムは右サイド。試合前の1週間、ずっと練習していたのと全く状況が試合で生まれた。狙い通りにトライを決めたが、同じような機会は訪れなかった。チャンスがあれば、もっとトライを決めることができたと思う」

ウィル・グリーンウッド(イングランド)
「あの夜のロビンソンは巨人だった。トライを決めてボールを叩き付けた瞬間が忘れられない。普通の選手ならば汚い言葉を吐いていたかもしれないが、一言だけ『カモン』と叫んだ。あれで国中が湧き上がった。イングランド・ラグビー史上、永遠に語り継がれる瞬間の一つだ」

ジェイソン・ロビンソン(イングランド)
「かなりのプレッシャーがあった。ほとんどが自分たちでつくり出したものだが、勝てると信じていた。チームの完成度は高く、チームメートのことを熟知していた。大一番の勝ち方も分かっていた。決勝は私たちのための瞬間だった」

クライブ・ウッドワード監督(イングランド)
「絶好の位置まで攻めるたびに、不用意なペナルティーを与えていた。私たちはプロ意識の高いチームで、あのような愚かなプレーをしないことに誇りを持っていた。延長戦に入る前にジェイソン・レナードに投入して、スクラムを直せと明確な指示を与えた」

マット・ドーソン(イングランド)
「ジョニー(・ウィルキンソン)がDGを狙うのは誰もが分かっていた。オーストラリアの選手はキックをチャージしようと敏感になっていたので、フェイントをかけて、どんな動きをするのか見ようと思った。スクラムハーフなら、相手が飛び出すのをやめて、後ろに下がった瞬間にパスを出すべきというのは知っている。ジョニーは左脚で蹴るのが理想だっただろうが、(決勝では)3本も左脚でキックをミスしていた。素晴らしい選手なので、右脚でも大丈夫だろうと思った」

クライブ・ウッドワード監督(イングランド)
「まだ試合は終わらず、もう一度キックオフがあった。その後のプレーで優勝を逃す可能性もあったので、大切なキックオフだった。それにもかかわらず、全選手が本来のポジションにいなかった。今までで最悪のキックオフの対応をしてしまった」

マイク・キャット(イングランド)
「ドーソンがラックにたどり着いて、パスしてきた。ボールを蹴り出したが、10秒か15秒残っていると思って、主審が試合終了の笛を吹くのかどうか分からなかった。全選手が見つめていたら、幸運にも笛を吹いてくれた」

試合後
マーティン・ジョンソン(イングランド)
「負けたら自分を絶対に許せない試合だった。主審が試合終了の笛を吹いた時は、本当にほっとした」

提供:RNS sw/mn/fs