ニュージーランド相手に圧倒的不利との下馬評の中、国民が一体となった南アフリカはネルソン・マンデラ大統領の期待も背負って決勝に挑んだ。試合はオールブラックスのアンドルー・マーテンズと南アフリカのジョエル・ストランスキーのキック合戦になり、9−9でワールドカップ(W杯)決勝初の延長戦に突入した。しかし、ストランスキーは延長戦の後半4分に決勝点となるドロップゴールに成功。新生、南アフリカの歴史が幕を開けた瞬間だった。

1995年6月24日 南アフリカ 15−12 ニュージーランド

試合前

フランソワ・ピナール(南アフリカ)
「95年大会はまさに熱狂的な雰囲気だった。決勝は南アフリカが民主化された後、昔からのライバルであるニュージーランドとの初めての試合だった。国中が熱い気持ちがあふれていた」
「マンデラ大統領が南アフリカのジャージーを着て決勝を観戦するとは夢にも思わなかった。控え室に私たちの激励に訪れた後、振り返った時に私の背番号のジャージーを着けているのが見えた。本当に素晴らしい気分になった」

ネルソン・マンデラ大統領(当時)
「私はスポーツの影響力を理解していた。スポーツは世界中の誰もが分かる言葉だ」

ジョナ・ロムー(ニュージーランド)
「私たちには大きな重圧がかかっていた。南アフリカはネルソン・マンデラ大統領を味方に付け、国が一体になっていた。私たちは15人で何百万人と対戦しているように感じた。その影響は大きかった」

試合

ジョエル・ストランスキー(南アフリカ)
「決勝では得点を積み重ねることしか考えていなかった。得点を続けていれば相手にプレッシャーをかけることができ、勝つチャンスも広がると思った。私たちは下馬評が低かったので、そういった試合をする必要があった」

フランソワ・ピナール(南アフリカ)
「ルーベン・クルーガーがトライを決めたが、モリソン主審は確認ができず認めてくれなかった。今のようにビデオ審判がいればトライを認められたと思う」

アンドルー・マーテンズ(ニュージーランド)
「正規の試合時間中にドロップゴールを1本決めたが、あの場面では恐らくジョナにパスすべきだった。1対1の状況だったと思うし、普段ならばあのようなチャンスは逃さなかった。彼の声はかなり大きかったが、なぜか聞こえなかった。ただ言い訳をするつもりはない」

ジョエル・ストランスキー(ニュージーランド)
「延長戦に入る時にはもう誰も私たちを止められないと思った。体調も良く、延長戦でピークを迎えられると感じていた。残り7分の時点でスクラムを組んだ時、ファンダベストハイゼンに予定していた動きをやめて、パスを出すように叫んだ。ロングキックではなく、前に思い切り蹴る感じだった。グレアム・バチョップ(ニュージーランド)はパスをカットしようと動いていたので、プレッシャーをかけられることはなかった。蹴るコースが大きく開いていた」

アンドルー・マーテンズ(ニュージーランド)
「ストランスキーがスクラムから出たボールをいきなり蹴るとは考えていなかった。普通は連続プレーを続け、フィールドの真ん中にポジションを取ってドロップゴールを狙う。もう少し警戒すべきだった」

試合後

ジョナ・ロムー(ニュージーランド)
「観客を見渡した時の光景は心を揺さぶるものだった。(決勝で敗れた)心の痛みをかなり忘れさせてくれた」

フランソワ・ピナール(南アフリカ)
「膝をついて短く祈りを捧げようとしたら、知らない間にみんなに囲まれていた。6週間の緊張、決勝までのことが全てこみ上げてきた。本当に感動的だった。チーム、あの瞬間、スプリングボクスの一員であることを本当に誇りに感じた」

提供:RNS sw/mn/fs