オーストラリア代表(ワラビーズ)のスコット・シオの父、テビタ・“デビッド”・シオさんは、四半世紀前のラグビー・ワールドカップ(W杯)で自身のキャリア最高の日にあやかって名付けた息子が、同じW杯の舞台で自分よりさらに一歩夢に近づこうとしている姿を見るため、再び英国にやってきた。

西サモア(当時)代表プロップとして、1991年大会に出場していたデビッドさんは、チームが同大会で快進撃を繰り広げる中、オーストラリアのシドニーに構えた新居で生まれた男児の名前を考える毎日を送った。

デビッドさんはエディンバラで行われる準々決勝のスコットランド戦を前にし、サモアが勝った場合にチームを祝して『マヌ』とし、負ければ歴史的な対戦に敬意を表する意味で『スコットランド』にすると決めた。

1次リーグでウェールズを倒すなど旋風を巻き起こした西サモアだったが、スコットランド戦で主力ギャビン・ハスティングスからの猛攻を受け、ジョン・ジェフェリーに2トライを奪われ、6−28で敗れて大会から姿を消した。

その結果、息子の名前は「スコットランド」になった。シオ一家はその名前を短縮して「スコット」とし、スコット少年はラグビー人生を歩み出した。

あれから24年の年月がたった今、シオ(写真)もワラビーズのプロップとして、W杯の準々決勝でスコットランドと顔合わせすることになった。

誇りとする伝統

スコットは、父と同じ道をたどることを「エキサイティングなこと」と表し、シオ一家が誇る伝統を続けていきたいと思っている。

1991年大会の西サモアは、1次リーグのオーストラリア戦に敗れたものの3−9と善戦した。スコットは、日に日に調子を上げるオーストラリアチームの一員として優勝できると信じていると父に包み隠さずに話した。

9日にイングランドにやってきたデビッドさんは、1次リーグでオーストラリアがイングランドを下した後、国内でも「大騒ぎ」になっているとスコットに言った。10日にトゥイッケナム競技場で行われたウェールズ戦で、息子が自分の役割を果たす姿を見て、とても興奮していた。

観光

2人は試合の翌日、ウェールズ戦の勝利を祝おうと、ロンドンの観光スポットを一緒に回ることにした。「ビッグベン、ロンドン・アイ。市内の名所を見て回りたかった。激戦の後、私は少しよろよろ気味に、背中を丸めて歩いていたよ」とスコットは笑った。
「だけど、大丈夫だった。いつも『真っすぐ立っていろ』と言ってくる父が一緒にいたからね」

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