オーストラリア・ニュージーランドで共同開催された1987年大会。決勝は順当に駒を進めたニュージーランドと、スコットランド、フィジー、オーストラリアとの激戦を勝ち抜いたフランスとの対戦になった。オールブラックスは前半にマイケル・ジョーンズのトライなどで9−0とリードした。フランスも後半開始直後のペナルティーゴールで3点を返したが、効率的な攻撃を繰り出すニュージーランドはデービッド・カーク、後に日本代表を率いるジョン・カーワンが連続トライ。29−9で勝ち、W杯初代王者に就いた。決勝に出場した両チームの選手が試合を振り返った。

グラント・フォックス(ニュージーランド)
「競技場に近づくにつれて道が人であれ返っていた。見たこともない大混乱だった。実を言えば舞台の大きさに圧倒されて、バスの中で吐きそうになった。しかしロッカールームに着いたらリラックスできた。試合前にフィールドへ向かうころには落ち着いていた。警備を抜ける方が大変だった」

フィリップ・セラ(フランス)
「試合前、チーム全員で2時間を過ごしたが、あまりにも気持ちが高まって、それが結果的に命取りになった。家族や友だちのことを考えて、思いが強すぎてしまった。そういった気持ちは試合の前日か前々日に整理しておくべきだった。そうすれば(試合への)力に変えることができたかもしれないが、直前だったことで感情がエネルギーを奪う形になった」

ウェイン・シェルフォード(ニュージーランド)
「一番記憶に残っているのは、カークがトライを決めて、直後にカーワンもトライした時だ。試合時間は20分も残っていたが、W杯に勝ったと思った。みんな『いける。しっかり相手を抑えれば優勝杯は俺たちのものだ』と叫んだ。あの2本は素晴らしいトライだった。カーワンは私が出したパスしたボールを、相手を振り切りながらゴールラインに持ち込んだ」

"私たちの選手人生の中で世界チャンピオンになれる機会は恐らく1度しかなかった。"

デービッド・カーク

 

 

 

デービッド・カーク(ニュージーランド)
「私たちの選手人生の中で世界チャンピオンになれる機会は恐らく1度しかなかった。チャンスを生かせるかどうか。運命の一戦だと感じていた」

パトリス・ラジスケ(フランス)
「(名勝負となった)準決勝のオーストラリア戦と同じような試合をしようとしたのが最大の間違いだった。別の試合だった。外部からのプレッシャーも意識し過ぎて、気持ちが高ぶり過ぎた。私もフランスを出る時、妻が妊娠していて罪悪感が少しあった。全員が高まる感情の中で、試合に集中できなかったと思う。準備も十分でなかった。個人的にはカーワンとの直接対決でいいプレーをできたが、決勝を勝つための準備ができていなかったと思う」

提供:RNS sw/mn/fs