「若い人が続かないのはさみしい。もっと広めたい」。二十日のフリースタイルスキー女子HPで銅メダルを獲得した小野塚彩那は後進のためにも奮起した。この種目の悩みは選手不足。注目を浴びる五輪での活躍が普及につながると信じ、全力を尽くした。

 二〇一一年十二月。新潟県南魚沼市を拠点とする石打ジュニアスキークラブに「フリースタイル部」が新たにできた。「アルペン」「スノーボード」に次ぐ三つ目の部で、現在は小中学生十三人が在籍。この部の創設を主導したのが、小学二年からクラブで腕を磨いた小野塚だった。

 依頼されたのは、かつての指導者で小野塚が父のように慕う片山強副会長(63)。小野塚がアルペンからスキーHPに転向を決めた時期と重なっていた。「後進を育てたい」。後に続く人たちのことまで考えていることに、片山さんは「(この競技に)本気で取り組むつもりだと思った」と振り返る。

 スキーHPは、ソチから採用された五輪新種目で国内ではマイナー。全日本スキー連盟の担当者は「スキーHPの選手は日本全体でも二、三十人ではないか」と推測する。小野塚はフリースタイル部の指導者としてクラブに籍を置いた。

 活躍で魅力を伝えるのが最もスキーHPの普及につながると考えている。そのためには「絶対に五輪のメダルが必要。たくさんの人に注目してもらえる」。そう強く信じ、ソチ入り後は報道陣の取材をほとんど断ってまで競技に没頭した。

 その末に手にした悲願のメダル。小野塚はうれし泣きして喜んだ。「これで少しはメジャーになるかも。子どもたちのため、もっと道を切り開きたい」 (ソチ・対比地貴浩)