ともに35歳で母親の小笠原歩、船山弓枝が引っ張ったカーリング女子日本は、長野五輪に並ぶ過去最高タイの5位でソチ五輪の戦いを終えた。道銀チームとして本格始動してから約3年。世界で渡り合えるチームに急成長した陰には、日系3世のカナダ人コーチの存在があった。

 カナダ・バンクーバー近郊に住むミキ・フジロイさん(72)。小笠原、船山とは2002年ソルトレークシティー、06年トリノの両大会に続き3度目の五輪だった。バンクーバー大会も含めて4大会連続で日本代表のコーチとなった。日本の名プレーヤーを多く育て、「フジさん」の愛称で親しまれている名伯楽だ。

 結婚、出産を経て復帰した2人がミキさんにコーチを頼んだのは11年春。当時69歳のミキさんには、ほかからも依頼があったが「最後の船旅を一緒に歩もう」と引き受けた。

 ミキさんは長男がカナダ代表だった2000年の世界選手権に携わり優勝。長野五輪代表の敦賀信人さん(36)は「知識と経験があり優しくて穏やか。上から押しつけるのではなく『何をやりたい? これをやったらもっといいよ』と寄り添ってくれるから、選手からの信頼も厚い」と話す。

 カナダ合宿をするたびに全員を自宅に泊め、「同じ釜の飯」を食べさせた。ホテル住まいのチームが多いが、一緒に生活することでベテランと若手の溝が埋まり、5人の一体感が急速に深まったこともチームの急成長の一因となった。

 一昨年には妻をがんで亡くしたが、カナダと日本を行き来し続けた。昨年9月の日本代表決定戦を制した際に小笠原は「奥さんを亡くしてすごくさみしい思いをしたのに、私を信頼して支えてくれた」と号泣して感謝した。

 ソチ五輪は4勝5敗で、世界の4強にはあと一歩届かなかった。ミキさんは試合後「良かった。頑張ったね」とねぎらった。小笠原は「フジさんに恩返ししたかった」と悔やんだが、コーチと交わした当初の目標は平昌五輪(韓国)。「次はメダルが目標と、きちんと言えるぐらいに成長したい」。約束した船旅は終わっていない。(平田康人)