1回目の直前、葛西がにやっと笑った。「心臓がバクバクしているから、リラックスしよう」。思い浮かべたのは、1月に史上最年長の41歳7カ月で優勝したワールドカップ(W杯)の場面。一世一代の大勝負の重圧に押しつぶされそうな気持ちを、最高のイメージを描いて切り替えた。

 直後、迷いを振り切った心を表すような豪快な飛び出しから、HSに迫る139メートルまで飛距離を伸ばした。2回目も揚力を得づらい追い風が吹く難しい条件。それでも133・5メートルを記録してメダルを確定させると、祝福しようと駆け寄った日本勢3人に抱きつかれ、「涙が出そうなぐらい、うれしかった」と喜びをかみしめた。

 4日のソチ入り後、葛西は他のメンバーとは異なる調整法を取った。ノーマルヒルを含め4日あった公式練習のうち、参加したのは13日の一度だけ。その間、他種目を観戦するなどの余裕を見せた。横川朝治ヘッドコーチは「五輪前にジャンプが完成していたから、思い切って休ませた」と理由を語った。

 長年にわたる競技人生の代償から、けがに悩まされることが多い。だが、今季はソチ入りまで目立った負傷もなく、万全の調整ができた。五輪前に臨んだワールドカップ出場16戦のうち表彰台に4度立ち、10季ぶりの1桁台となる総合3位に。完璧な仕上がりに「自分のジャンプができればメダルは取れる」と自信を持った。

 試合当日の朝、金メダルを獲得する光景を想像していたという。「それには技術がもう少し足りない。まだ終われないですね」。7度目の大舞台でようやく目標の個人メダルを手にしながら、まだ夢半ば。次の夢に向かって、早くも走りだした。 (対比地貴浩)