【ソチ=本社五輪取材団】ソチ五輪第八日の十四日、フィギュアスケート男子で、初出場の十九歳、羽生結弦(ゆづる)=ANA=が今大会の日本の金メダル第一号を獲得した。日本の男子フィギュアは、一九三二年のレークプラシッド五輪に初出場して以来、八十二年の歳月をかけ初制覇を果たした。欧米の選手が君臨してきた男子で、アジアの選手が初めて王者になった。十九歳での男子フィギュアの金メダル獲得は史上二番目の若さ。 

 冬季五輪の日本通算十個目の金メダルで、今大会での獲得メダルは四個となった。日本のフィギュア全体では、二〇〇六年トリノ五輪の荒川静香に続き二人目の金メダリスト。

 前日のショートプログラム(SP)で史上初の100点超えとなる101・45点を記録し、首位で臨んだフリー。羽生は冒頭の4回転ジャンプと3回転を失敗して二回転倒したが、後半立て直し、フリーでも一位の178・64点をマーク。合計280・09点で金メダルを獲得した。世界選手権三連覇中のパトリック・チャン(カナダ)はジャンプミスが多く4・47点差で二位となった。初出場の町田樹(たつき)(23)=関大=は五位と大健闘。前回バンクーバー大会銅の高橋大輔(27)=関大大学院=は六位となり、三大会連続の入賞を決めた。

 ノルディックスキー・ジャンプ男子の個人ラージヒルは伊東大貴(28)=雪印メグミルク、清水礼留飛(20)=同、竹内択(26)=北野建設=が予選を突破。予選免除の葛西紀明(41)=土屋ホーム=とともに日本勢は全員が十五日午後九時半(日本時間十六日午前二時半)の本戦に進んだ。

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 喜びを爆発させてもおかしくない夜、日本男子フィギュア初の金メダリストの笑顔は控えめだった。

 フリーで二度転倒したジャンプ、演技後の氷上でしばらく立てないほど積もった疲労。ただ、理由はそれだけではない。

 「ゴールドメダリストになれたけど、ぼく一人が頑張っても直接、復興の助けにはならない。無力感がある」。試合後の記者会見、海外メディアに「ツナミ」からの日々を問われた際の言葉だ。羽生結弦の戦いは、東日本大震災が起きたあの日から始まった。

 二〇一二年一月、名古屋市で開かれたアイスショーでのことだ。

 浅田真央や安藤美姫ら、そうそうたる顔触れに交じり、十七歳だった羽生も出演した。順位のつく競技ではなく、華麗な舞を披露するイベント。すべてのプログラムが終わると、各選手は花束を受け取り、笑顔で引き揚げていった。

 「わぁー」。舞台裏で片付けを始めた関係者が、リンクの方から再びわいた歓声に驚いたのは、そのすぐ後だった。帰りかけた観客の見守る中、羽生が一人現れ、4回転ジャンプを始めていたのだ。地元仙台のリンクが被災し、しばらく練習拠点をなくす経験をした。たった一人のアンコールは、氷の感触を確かめられる、かけがえのない時間を知るからこそだった。

 世界王者パトリック・チャンと競り合ってつかんだ金メダル。天才とも評される羽生の心技を鍛えたのは、間違いなくこの時期の苦労だ。

 だからこそ「スケートをやめようと思ったり、生活すら精いっぱいで、多くの人に支えられてここまできた」という試合後の言葉には実感がこもる。「無力感がある」という金メダリストらしからぬ感想も、戦ってきた環境が過酷だったがゆえだろう。

 「金メダリストとして、ここからがスタートだと思う」。初の五輪にして頂点に上りつめた日、羽生はあらためて誓った。「仙台への思いを忘れたくない」。その言葉を胸に、さらなる高みを目指す。 (ソチ・杉藤貴浩)