ノルディックスキー複合の個人ノーマルヒルで25歳の渡部暁斗(北野建設)が持ち前の総合力を発揮して2位に入った。1994年リレハンメル五輪の団体で日本が金、個人で河野孝典(現日本チームコーチ)が銀メダルを獲得して以来、20年ぶりの「複合ニッポン」復活だ。

 渡部暁斗は前半飛躍で、今季のワールドカップ(W杯)総合首位のエリック・フレンツェル(ドイツ)に次いで2位につけた。後半距離は首位に6秒差でスタートしてすぐに追いつき、金メダルをかけた2人のつばぜり合いが続いた。

 最後は余力のあったフレンツェルに突き放されたものの、レース後の渡部暁斗の表情には満足感が漂っていた。フラワーセレモニーで右拳を突き上げ、笑顔で会場の祝福に応えた。「金を狙って勝負をかけたけど力不足。でも持てる力は出し切れた」

 「複合ニッポン」は90年代半ばに黄金時代を築いた。その頂点がリレハンメル五輪だった。筆者は93~94年のシーズン、日本チームのW杯、フィンランドでの五輪直前合宿を取材した。団体優勝メンバーは荻原健司(現北野建設監督)、河野孝典、阿部雅司(現日本チームコーチ)。日本はパラレルからV字スタイルのジャンプ移行にいち早く成功。前半の飛躍で大差をつけて勝負を決める「先行逃げ切り」のパターンで圧勝した。その象徴がエース荻原。五輪までのW杯個人6試合で5勝をマーク。そのうちの3試合は河野との「ワンツー・フィニッシュ」だった。

 リレハンメル大会の団体は日本が大差で勝利し、92年アルベールビル大会に次いで五輪2連覇に成功。個人は前半飛躍で王者の荻原が6位に失速する思わぬ展開。前半4位から順位を上げた河野が複合史上初の銀メダルを獲得した。

 その後、飛躍の比重を抑えて距離を重視するルール変更が行われ、「日本たたき」と言われた。それほど、日本のジャンプ力は優れていた。

 渡部暁斗はジャンプ、距離のバランスの取れた「新時代の日本のエース」だ。飛んでよし、走ってよし。「旧世代」の夢を乗せ、18日の個人ラージヒル、20日の団体で金メダルを目指す。

(共同通信編集委員 原田寛)

1956年秋田県生まれ。共同通信ではスキー、テニス、五輪などを取材。冬季

五輪は1994年リレハンメルから2010年バンクーバーまで4大会を取材。

運動部副部長、大阪運動部長を経て現在、編集委員。