「4年後に雪辱を」-。村田を応援するため、勤務先の北九州市若松区の行学幼稚園に集まった人たちは「棄権」の連絡に一瞬静まり返ったが、最後までベストを尽くしたヒロインの健闘を大きな拍手でたたえた。

 幼稚園には同僚や園児、地元住民ら約100人が集まり、テレビを見ながら声援を送った。予選2回目、園児たちが「頑張れ」と声を張り上げる中、村田の決勝進出が決まると「おめでとう」と歓声が上がった。

 だが決勝1回目の直前に現地入りしている関係者から「練習で負傷し、出場が困難になった」と緊急連絡が。思いもよらぬ事態に、村田を2歳のころから知る吉住知恵子さん(65)は「幼稚園のマラソン大会で2位になっても泣くほど昔から負けず嫌い。本人が一番悔しいと思う」と目を潤ませた。親戚の梶谷昭晴さん(74)は「まだ23歳。次の五輪ではもっと完成度を高め、金メダルの夢をかなえてほしい」と願った。