聖火が輝き、ソチ冬季五輪が7日夜(日本時間8日未明)、幕を開けた。純白のコートに身を包み、にこやかに入場行進した日本の選手たち。支えてくれた家族や友人、東日本大震災の被災地への思い…。「金を狙う」「最高の演技を」「東北を勇気づけたい」。決意を胸に、アスリートたちのドラマが始まった。

◎遠藤「メダル取れる位置」 黒岩「結果出し恩返しを」

 【ソチ=安住健郎】まばゆい光に包まれた華やかな開会式。東北勢も夢の舞台に立てる喜びを胸に、堂々の行進を見せた。

 カーリング女子の苫米地美智子選手(34)=岩手・福岡高出=は列の前方を進んだ。日本とロシアの国旗を手に、広い会場を見渡しながら笑顔で行進した。2011年に故郷の二戸市を離れて単身北海道に渡り、苦労の末につかんだ五輪切符。「今大会の目標は自分の力を出し切ること。見ていて面白い試合ができるよう精いっぱい頑張る」と意気込んでいる。

 行進の外側をカメラ片手に進んでいたのはフリースタイルスキー男子モーグルの遠藤尚選手(23)=宮城・忍建設=。スタンドにレンズを向けたり、手を振ったりと忙しそう。2度目の五輪は金メダルが目標。「メダルを取れる位置にいると思っている。しっかりと自分の滑りをしたい」と誓っていた。

 ボブスレー男子の黒岩俊喜選手(20)=仙台大=は初めての五輪。列の中央で右手に日の丸とロシア国旗を持ち、初々しい笑顔を見せていた。「若い力で頑張りたい。お世話になった方々に結果で恩返しできるようみんなで戦う五輪にしたい」。競技は大会終盤の22日に始まる。「それまでしっかり準備していきたい」と話した。

◎被災地へ活躍誓う/羽生「滑りで仙台元気に」小室「頑張る姿を見せる」

 ソチ大会は大震災後、初めての冬季五輪だ。自ら被災し、夢の舞台にたどりついた選手。懸命に復興しようとする被災地に心を寄せ、活躍を誓う選手もいる。三たび巡ってくる「3.11」を前に、その思いをソチにかける。

 「自分の滑りで少しでも仙台が元気になってくれれば」。フィギュアスケート男子の羽生結弦選手(19)=ANA、宮城・東北高-早大=は折に触れ、故郷への思いを口にする。

 2011年3月11日、仙台市内の「アイスリンク仙台」で練習中に突然激しく揺れ、氷がひび割れて、壁が崩れた。スケート靴を履いたまま、四つんばいで外に逃げた。

 市内の自宅は全壊し、避難所で4日間を過ごした。2畳ほどに家族4人で雑魚寝した。「スケートをやっていていいのか」。自問自答した時期もあったが「自分にできるのは、スケートで期待に応えること」と気付いた。アイスリンク仙台が一時閉鎖したため、全国のリンクを転々としながら練習を続けた。

 母校・東北高の五十嵐一弥校長(68)は「彼の経験は他のスケーターとは別格。ここ数年、特に精神面が成長した」と頼もしく感じている。トリノ五輪金メダリストの荒川静香さん(32)は高校の先輩。「同じ色のメダルを」と期待する。

 被災者に勇気づけられ、五輪を再び目指した選手もいる。仙台大職員でスケルトンの小室希選手(28)だ。

 宮城県村田町出身。初出場した10年のバンクーバー大会では、そりから国際連盟の規格に適合することを証明するステッカーをはがすというミスで、まさかの失格に。批判を浴び、競技から3カ月以上離れた。

 失意の中で発生した震災。津波に遭った沿岸部にボランティアに通ううちに「どん底の自分が頑張る姿を見せて、困難から立ち上がろうとする人に希望を届けたい」と思うようになった。ソチで「4年前に止まった時計の針を動かしたい」と意気込んでいる。

 モーグルの遠藤尚選手(23)は福島県猪苗代町で育ち、所属する宮城県名取市の忍建設で復興事業に携わった。日本をたつ前、壮行会で宣言した。「金メダルを持ち帰りたい。東北は震災に負けていないことを世界に見せたい」