8日に開かれたソチ冬季五輪スノーボード男子スロープスタイルに出場し、8位入賞を果たした角野友基選手。出身地の兵庫県三木市では、幼少期から角野選手を見守り続けた人々が、世界に羽ばたいた17歳に大きな声援とねぎらいの言葉を贈った。

 8歳のころ、父雅一さん(43)に連れられて行った兵庫県内のスキー場でスノーボードと出合い夢中になった角野選手。小学校から帰るとほぼ毎日、神戸市内の練習場へ通い、土日は全国を飛び回った。祖母の広田英子さん(61)=三木市=は「本当に努力してきた」と振り返る。

 8日は三木市役所であったパブリックビューイングで、目を赤くしながら孫の活躍を見守り「五輪に出られたことが光栄。いつも通り楽しく滑っていた」。8位入賞が決まると「よく頑張った。これで十分です」と声を震わせた。角野選手へは、いつもやり取りするスマートフォンで「おつかれさん」の一言だけを送るという。

 ソチの観客席では寄せ書き入りの日の丸を掲げた雅一さんが声援。会場の大画面に8位入賞が表示されると、駆け寄ってきた息子に「ありがとう。よくやった」と声を掛け、角野選手は黙ってうなずいた。

 角野選手は、三木市立平田小学校の卒業アルバムに、スノーボードを続けるために協力してくれる父や母、友人、ゲレンデ整備の人たちへ、感謝の気持ちをつづっていた。

 同級生で三木高校2年の亀尾柊太君(17)は「学校ではみんなのリクエストに応え、段差を使ってバク転を見せてくれた」と話す。海外での試合が多く、試合を見たのは今回がほぼ初めて。「あの舞台に立つだけですごい。一回りも二回りも成長して、4年後メダルを取れるよう頑張って」とエールを送った。

 小学6年の時、担任だった平田小の中西功教諭(34)は「スポーツは厳しい世界。自分で自分の道を選び、夢をかなえたのは、本当にすごいと思う」と褒めたたえた。

 角野選手が中学3年生まで約5年間通った神戸市兵庫区の練習施設「KOBE KINGS」代表の押部宣広さん(41)は自宅でテレビ観戦。「レベルが高い選手ばかりなので、決勝進出自体が誇らしい」と喜んだ。

 「大人と同じように『うまくなりたい』と思い、楽しみながら練習していた」といい、中学生になってめきめきと技術が上がったという。17歳で堂々と踏んだ大舞台。押部さんは「予選は集中しきれていない印象を受けたが、決勝は自然体で臨めていたように思う」とたたえた。