サッカーや競泳、レスリングなど日本人選手の活躍に沸いたロンドン五輪。表彰式で日の丸が揚がるたびに、日本中が感動に包まれた。そんな中、「私たちの町は『国旗日の丸』のふるさと」と誇らしげに主張している人々がいる。鹿児島県垂水市の住民たちだ。記念碑「国旗日の丸発祥の碑」を建立しようと、期成会を結成。建設費を募金で集めようと懸命に活動している。垂水市と日の丸。果たして、どんな関係があるのか…。 「日の丸」は古来、外国の船と識別するためなどに使われてきた。江戸時代末期の1854年3月の日米和親条約締結に伴い、日本の船について薩摩藩主・島津斉彬らが「日の丸」の使用を幕府に提言。同7月、幕府は「日の丸」を国の「船舶旗」とすることを布告した。その後、明治政府は70年の規則で、日本の商船や軍艦の目印としての「日の丸」を規定。旗の規格も定めた。 期成会の堀内貴志事務局長(52)によると、斉彬は幕府布告前年の53年5月、桜島の瀬戸村(現鹿児島市黒神町)と、対岸となる現在の垂水市牛根麓(うしねふもと)に造船所を設け、大型船の建造に乗り出した。完成した軍艦「昇平丸」は55年、幕府布告後初めて日本の船を表す旗として「日の丸」を掲げ、江戸・品川に入港したという。。日本初の洋式軍艦として54年に幕府が建造した「鳳凰丸(ほうおうまる)」に初めて日の丸が掲げられたとの説もある。 造船所があった一帯は1914年の桜島大爆発で溶岩に埋まって陸続きに。牛根麓地区はビワ畑となっているが、鍛冶場跡からは今でも大量の鉄くずが見つかる。    ◆    ◆  当時、造船所があったことは市が発行する郷土史にも記載はあるが「特にアピールもされず、一部の歴史愛好家しか知らなかった」(堀内さん)。昨秋、この話を知人から聞いた堀内さんが「小さな集落でも誇れる歴史がある。住民に自信を与え、垂水市を全国の人に知ってもらうきっかけにしたい」と記念碑建立を計画。地元NPOや会社役員らと今年2月に期成会を設立した。 碑の建設地は、造船所があった牛根麓にある「道の駅たるみず」。桜島を背景にして、高さ2メートル、幅4メートルの石碑の上に、全長5メートルの昇平丸の強化プラスチック製模型を置く計画で、地元の造船所が9月から製作に取り掛かる。除幕式は昇平丸が完成した日の12月12日を予定している。 堀内さんは「鹿児島市と結ぶフェリーが発着する垂水市は大隅半島の玄関口。記念碑の建立で地域に注目が集まるきっかけになれば」と話し、「除幕式には、日の丸で日本を沸かせた五輪メダリストに来ていただければ」と夢を膨らませる。  募金の方法など問い合わせは期成会事務局=0994(32)8839。=2012/08/16付 西日本新聞夕刊= ...[記事全文](this.kiji.isドメインへ遷移)