ロンドン五輪の「日本の顔」は水泳の北島康介だろう。2004年アテネ、08年北京の五輪競泳男子100、200m平泳ぎを連覇した。近代スポーツの母国で偉業に挑む。  ▽プロスイマー  夏季五輪で3連覇は少なからずいる。だが、世代交代が著しい競泳では極めて少数。女子100m自由形のドーン・フレーザー(オーストラリア)と女子200m背泳ぎのクリスティナ・エゲルセギ(ハンガリー)だけだ。  そう、男子は1世紀を超す五輪史上、一人として達成していない。選手層が厚く、ハイレベルの競り合いを制しない限り到達できないからだ。特に平泳ぎは水の抵抗が最も強く、単純なパワーだけでない、水との調和という高い技術が求められる種目だ。しかも、スピードの100mと持久力の200m。目指す2種目3連覇は偉業以外の何物でもない。現在でも平泳ぎのトップだが、ロンドンは競泳の歴史に「王者」の刻印を記すチャレンジとなる。  北島の背景にあるのは「プロ」という立場だ。北島のコーチ、平井伯昌が勧めた。「スタートで『第4コース、北島君、BMW』なんて格好いいと思わないか?」「そうすね。ポルシェもいいなあ」。軽いノリで話が始まった。  03年プロになり、翌年のアテネと北京を制した。アマチュアでは、景気次第で選手生命が左右される。危うさを避け、勝つことでスポンサーも付き、自らの強化を契約金でまかなった。北京五輪後の1年間の休養も、プロだからこそ可能だった。五輪1大会で息切れせず、常にリフレッシュできた背景だ。「プロじゃなかったら辞めていたかもしれない」と実感がこもった。  ▽勝率9割  では、勝てるか―。100mは4月に出した58秒90の日本新、200mも2分8秒00が今季の世界ランキング1位。いずれも2位の立石諒に100は0秒70、200も0秒17の差をつけ、金の最有力だ。  鍵は開幕2日後、7月29日の100m決勝にある。チームはこう見る。「勝率9割。だが、ここで勝てないと200はきつい」。北島は米国で練習し、力で押し切る傾向が強くなった。省エネとのバランスが必要な200より100に向く。100を取れば、勢いで200の可能性も広がる。  しかし、今季序盤、100はラスト5m、200は25mが危うかった。特に200はラストで差される危険性がある。その有資格者は、後輩の立石…。終盤の息切れを埋める作業が完成しているかどうかだ。  ▽0秒19の壁  鍵の100。アレクサンドル・ダーレオーエン(ノルウェー)が急死した。北島は「涙がとまらねえ」と嘆いた。北京五輪は勝ったが、昨年の世界選手権(上海)は完敗した。金メダルを争うと自他共に認めるライバルが突然消えた。心の隙間の影響…。  「彼のために」などと甘い心情はない。むしろ「彼がいなかったから勝てた」と言われたくない。だからダーレオーエンの世界選手権優勝タイム、58秒71を目指す。チームの首脳にこんな趣旨を語ったという。  日本記録との差0秒19。超す可能性はある。しかし、力みに結び付く危険性も、ある。もろ刃の0秒19。秒針との争いが待つ。  前回1948年のロンドン五輪、日本は戦争責任を問われて招待されなかった。日本水連は五輪と同じ日程で東京・神宮プールで日本選手権を開き、男子1500m自由形は古橋広之進、橋爪四郎がロンドンの優勝タイムを40秒以上上回って、水泳ニッポンの心意気を示した。ひのき舞台で実力世界一を披露できなかった先人たちの思いも胸に、北島はスタート台に立つ。 (共同通信編集委員室編集長、小沢剛 敬称略) ...[記事全文](this.kiji.isドメインへ遷移)