五輪ボート競技でロサンゼルス、ソウル、バルセロナの3大会に連続出場した喜多方高卒の阿部肇(ただし)さん(49)=仙台大准教授=がロンドン五輪で同競技のヘッドコーチを務めた。日本は男女の軽量級ダブルスカルが共に12位、女子軽量級シングルスカルは23位の成績だったが、「選手の頑張る姿は福島をはじめ、被災地に元気と勇気を届けたはず」と東日本大震災と東京電力福島第一原発事故に苦しむ県民を気遣い、「第二の古里」に思いを寄せた。  阿部さんは千葉県出身。父親の仕事の関係で、中学校と高校時代、西会津町に住んだ。競技に出会ったのは高校1年の時。当時、所属していた水泳部が休部になり、ボート部に入った。  「今があるのは高校時代、競技を通して楽しむことを教えてもらったから」。十数年前に他界した当時の顧問、伊藤庸夫氏を師と仰ぐ。「めりはりを付けて練習することを学んだし、アスリートとしての基礎をつくってもらった。それはナショナルチーム、大学ボート部を強化する立場になっても生きている」  昨年10月に突然、ナショナルチームのヘッドコーチに招聘(しょうへい)された。「ボートで育ててもらった自分が受けるしかない」との思いで引き受けた。国際大会で順位が付かないレベルだった日本を、短期間で世界の10番程度にまで引き上げた。ロンドンの五輪会場。選手を励まし、熱心に技術をアドバイスする阿部さんの姿があった。  日本の競技力をメダル獲得のレベルまで向上させる道は長く、険しい。「五輪までの10カ月間で全てできたとは思っていない。今回の五輪に漏れた選手を含め、さらに技術を高める」。今大会の成績は、4年後のリオデジャネイロ五輪へのステップとも捉えている。  震災当時は宮城県の勤務先にいた。本県で起きた原発事故に心を痛めた。「思い出すだけで苦しくなる」。選手強化には「五輪で日本選手団が活躍する姿を見せたい」との思いで取り組んできた。震災の年、喜多方市の親善大使に委嘱された。時々、会津地方を訪れ、学生時代の友人と旧交を温めているという。  14日からの世界選手権のため、7日にはブルガリアに転戦する。「これからの4年間で決勝に進出できるクルーを育てる。次こそメダルに絡む戦いをする」と力を込めた。 ...[記事全文](this.kiji.isドメインへ遷移)