一瞬、タイムスリップしたような妙な感覚に襲われた。弊社併設の新聞博物館で開催中の「マラソン王・金栗四三[かなくりしぞう]と五輪参加100年展」(9月1日まで)。展示の中に熊日の前身、九州日日新聞の1912(明治45)年7月18日付紙面があった▼何げなく読むとこんな記事が。<十三日の豪雨は県下を通じて損害ありしが、就中[なかんずく]上益城郡甲佐町は惨害の最も甚だしきものにて>。ぴったり100年前。豪雨災害の過去と現在を行き来するような気分に、しばし動けず。これも金栗さんの教えだろうか、と▼おそらくは故郷熊本を襲った豪雨を知らずに、スウェーデンはストックホルム五輪のマラソンに出場した金栗さんだった。同じ紙面から。<金栗選手は約九哩[マイル]を疾走したる頃身体に故障を生じ、残念ながら競争を中止したるなり>。それが100年前の7月14日▼記事には<目下当地は酷暑>とある。出場68選手中完走は34人。日射病で死亡した選手もいた。過酷なレースに金栗さんも意識朦朧[もうろう]となり、コース沿いの民家で介抱された。「日本マラソン界の父」の苦い五輪デビューだった▼その時、民家で供されたのがシナモンロールとフルーツジュースだったとは、昨日の熊日朝刊紙面で知った。ひ孫に当たる蔵土義明さん(25)が彼[か]の地に赴き、曽祖父を介抱してくれたペトレ家を訪ねて感謝の意を伝えたという▼世紀をまたいだ心温まる交流も、金栗さんの遺産の一つに違いない。やがて、梅雨は明けよう。27日はロンドン五輪開幕である。 ...[記事全文](this.kiji.isドメインへ遷移)