1940(昭和15)年の招致が決まりながら、日中戦争の拡大で開催を返上、幻に終わった東京五輪。日大水泳部の背泳選手で、代表の有力候補といわれた鹿児島興業信用組合の元理事長、河野通廣(みちひろ)さん(92)=鹿児島市明和2丁目=も、あこがれの舞台に立つことはかなわなかった。「戦争がなければ…」。戦後67年の夏、戦争に翻弄(ほんろう)された元スイマーは、ロンドン五輪での日本勢の活躍に平和の尊さをかみしめている。「私たちの世代は選手でありながら、国や戦争のことを考えなくてはいけなかった。今は、競技に打ち込み、世界で活躍できる。平和はいいなあ」とまぶしそうに語った。