五輪の夏が訪れるたびに読み返すノンフィクション作品に、山際淳司氏(故人)の「たった一人のオリンピック」がある。主人公の津田真男氏は、マージャンに明け暮れていた大学生活の中で一念発起、「五輪に出よう」と決意する。五輪出場を前提に種目選びを始め、選手層が薄かったボートのシングルスカルにたどり着く。ボートの経験はまったくなかったが、独学でボート漬けの日々を送り、やがて国内大会で優勝を重ねる。そして、本当に1980年のモスクワ五輪代表に選ばれる。東西冷戦下、日本がモスクワ五輪をボイコットしたため出場は幻に終わるが、その無念の結末がまた、山際氏の巧みな筆致とともに胸に迫る。五輪選手と聞くと、幼いころから鍛錬を重ねた類いまれな身体能力の持ち主が思い浮かぶが、そういう選手だけが五輪に出場するわけではない。大学生や社会人になってから始めても、五輪出場を狙える種目も実はある。ロンドン五輪で71歳の法華津寛選手が出場の馬術、女子団体が銅メダルを獲得したアーチェリー(洋弓)などはそうかもしれない。全日本アーチェリー連盟によると、日本のアーチェリー競技人口は高校生、大学生を中心に約1万3千人。「弓道に比べると洋弓の競技人口は約10分の1」で、30歳を過ぎて始め、国際大会の日本代表になった人もいる。「遊び半分」ではかなわないが、あわよくば五輪という「遊び心」を忍ばせ、新しいスポーツに挑戦するのも楽しそうだ。(K)