【ロンドン=森川清志】三日に行われるロンドン五輪の柔道男子100キロ超級に、日本とフィリピンの国籍を持つ桐生市の樹徳高校教員、保科知彦選手(25)がフィリピン代表として初出場する。子どものころ、日本人の父が亡くなり、フィリピン人の母に育てられた。日本代表には手が届かなかったが「僕にはチャンスが二つあった」と、支えてくれた人々への感謝を胸に、夢の舞台に立つ。  静岡県富士市で生まれ、初段だった父泰彦さんの影響で小学六年から柔道を始めた。だが、泰彦さんは間もなく心筋梗塞で死去。母ビルマさん(49)は三人の子を養うため、仕事を求めて上京した。  高校時代は都大会の団体二位。だが「これ以上、母に苦労をかけたくない」と就職を考えた。悩む息子をビルマさんは叱った。「柔道を続けなさい」。その一声で桐蔭横浜大に進学した。  日本とフィリピンの両国から五輪が狙えたため、フィリピン代表を目指した。同国内では敵無しの実力だったが、四年前の北京五輪は各国の出場枠が決まる国際大会で振るわず、落選。横浜国立大大学院に進み、佐藤康宏コーチ(41)に遠征費の援助も受け、二人三脚でロンドンにかけた。  今年五月、フィリピン柔道連盟から吉報が届いた。ロンドン五輪から出場ルールが変更され、新設された大陸別の特別枠に選ばれ出場権を手にした。「決まりました」。佐藤さんへの報告は、電話の声が涙でかすれた。ビルマさんは「本当なの」と半信半疑で喜んだ。  フィリピンの柔道代表は二十年ぶり。地元メディアはトップ級のニュースで報じ、保科選手がロンドン入りしてからも、取材が殺到した。  少年時代、容姿をからかわれたりもした。「僕は僕。関係ないと思って柔道を続けてきた。同じような境遇の子どもたちに夢や希望を与えることができたらいい」  四月から樹徳高の体育教師になった。ロンドン行きが決まると、女子生徒たちが、ゆずの「栄光の架橋」を歌い、送り出してくれた。二つの国籍を持つ男は誓う。「一秒でも長く畳に立っていたい。それがいろんな人への恩返し」と。