オリンピック(五輪)の名場面は、いつもテレビの中にあった。「山下の金」「有森の銀」…、多くの感動が、地球のあちこちから届いた。現代の五輪は、テレビと切り離しては語れない▼五輪はスポーツの最高峰を競う場であり、同時にフィールド外では国威発揚、都市のインフラ整備、国境を越えた商業主義の拡散など利用され尽くしてきた。別の言葉でいうなら、少し先の社会を良くも悪くも端的に照らしてきた▼その五輪に変容の兆しが見える。感動の伝達手段であるテレビを取り巻く環境変化を発端に。放送権料が高騰し、ロンドン五輪は赤字覚悟で番組を編成する放送局があるという。将来、五輪の放送に参加できない局も出てきそうだ▼それを横目に、ロンドン五輪では、市民が個々に手にした情報が勢いづいている。あたかも、ソーシャルネットワーク(SNS)が中東の政権交代を促したように、市民の情報発信がテレビに食い込み、五輪を変える可能性がある▼これまでスポンサーが付かずテレビ放送されなかった競技もパソコンで観戦でき、選手のツイート(つぶやき)も聞ける。テレビの前に集まってわいわい応援するのは捨てがたいが、未来のスポーツ観戦を暗示する何かを見せてくれる大会になるかもしれない▼ロンドン五輪がいよいよ開幕。ここでも歴史に残る、新たな感動が生まれるだろう。ロンドンに到達したオリンピックロードが、リオデジャネイロを経由して東京まで続け、と願いながら、「がんばれ、ニッポン」(裕)