バドミントン男子シングルス(単)で8強入りを果たした佐々木翔選手(30)が、五輪の舞台に立つまでの道のりは平たんではなかった。佐々木選手が苦しんだ時期を知る北都銀行女子バドミントン部の原田利雄監督(48)は「初の五輪で最高の結果を残すことができた」と喜んだ。 2006年冬。当時、北都銀に所属していた佐々木選手は失意のどん底にいた。同年の全日本総合選手権男子単で当時高校生だった田児賢一選手(ロンドン五輪代表)に初戦敗退。優勝を狙った大会での早過ぎる敗戦のショックは大きかった。敗戦後に日本代表から一時外れた。競技を辞めることも考えたという。 「もう一度五輪を目指して頑張れ」。気落ちする佐々木選手にこう声を掛けたのが原田監督だった。もともと技術は日本トップ級。指導陣が力を入れたのは精神面のサポートだった。同行のヌヌン・スバンドロコーチ(37)は「粘り強く競技と向き合っていれば、絶対にチャンスは来ると言い続けた」と振り返る。 佐々木選手は、翌年の秋田わか杉国体で本県のエースとして成年男子の初優勝に貢献。全日本総合選手権でも前年の雪辱を果たして初優勝を遂げた。「俺が声を掛けなければ、今回の五輪(に出場すること)はなかったかも」と原田監督は冗談めかす。 北都銀の金上路子コーチ兼マネジャー(29)は佐々木選手が在籍中、選手として共にプレーした。練習中に親身になって助言してくれたことが印象に残るといい、「五輪に出るだけでもどれだけ大変かが分かる。率直にすごいと思う。身近な人が五輪で活躍するのはうれしい」と話した。 わか杉国体で同種目成年男子の監督を務めた北都銀の鈴木理之さん(43)は「北京王者とほぼ互角の戦いを繰り広げた。感動した」とかつての仲間の奮闘へ賛辞を送った。