このところ、朝あちこちで居眠りしている人が多い。酷暑の疲れかもしれないし、ロンドン五輪のテレビ観戦の影響もあろう。競泳や陸上、なでしこなどは深夜から明け方の放送だ。眠い目をこすりながら勤務先へ向かう。マイカーの方は要注意だ。ただ期待の金メダルとなると、日本はきのうの吉田沙保里選手までで5個。開幕前の選手団幹部の目標だった15個以上は、まさに夏の夜の夢。新聞の各国メダル表で、日本を捜すのは一苦労である。ところが、米国は違う。ニューヨーク・タイムズもワシントン・ポスト(ともに電子版)も日本が上位にいる。金メダル順ではなく、メダル総数の順番だからだ。悪い気はしない。他国を見ると、英仏独の各紙は金メダル順。してみると、米国は金メダルだけを特別視するのではなく、メダルを等しく価値のあるものと見ている、ということだろうか。メダルの価値は、他より重い。だが、多少の負け惜しみを込めて言えば、他のメダルだって世界の2番、3番の意味なのだから、決して卑下するものではない。日本の銀、銅の数は世界のトップクラスにある。頂点に届かなくとも、競技の広がりと厚みを示し、次回へ希望を抱かせる。出る以上は勝ってほしいが、国威発揚を求める意識とは違う。選手の血のにじむような努力も知っている。金メダルは結果であり、薬物など用いないクリーンな努力にも、われわれの社会は価値を見いだしている。銅は「金と同じ」と書く。(K)