近づくロンドン五輪で最も注目を集めるアスリートだろう。陸上男子短距離で空前の2大会連続3冠を達成して「生きた伝説になりたい」と公言するウサイン・ボルト(ジャマイカ)がその人だ。これまでの常識を超える196cmの超大型選手が、前回北京五輪の100m、200m、400mリレーで世界記録を樹立して3種目制覇。翌年の世界選手権(ベルリン)では、再び全種目で世界記録を更新して3冠を獲得した。そんな王者が国内予選で連敗し、不安の種を抱えて本番を迎えることになった。  ▽観客引き付けた型破りのアクション  驚異の速さだけでなく、型破りの派手なアクションでも観衆を引き付けた。神経質でこわもて型が多い短距離選手ではめったにお目にかかれない陽気で開けっ広げなキャラクター。緊張の極致であるはずのスタート前におどけてみせ、ゴール後は弓を引くお得意のポーズを決める。高級車を乗り回して何度も事故を起こし、選手生命の危機を招いたこともあったが、そんな危なっかしいところも人気の源泉だった。  3種目連覇がどれほど大変なことか。1世紀を超える五輪の歴史でも同種目の連覇は、1988年ソウル五輪100mのカール・ルイス(米国)ただ1人で、それもベン・ジョンソン(カナダ)の薬物失格で繰り上がっての達成だった。100m9秒58、200m19秒19と他を圧する記録を持つ人類最速男といえども、常に安泰と言えないのがこの世界だ。  ▽世界記録更新のカギは風と体調  五輪後の8月21日に26歳になる。スプリンターにとってはこれからが円熟期だが、16歳直前に200mで世界ジュニア王者になった天才児のキャリアは長い。限界ギリギリでのレースとトレーニングで強靱なボルトの体も悲鳴を上げており、心技体のピークで迎えるロンドンの舞台を競技人生のハイライトにするつもりだ。「100mで9秒4台、200mで18秒台を期待されているが、風や体調すべてが整えば可能だと思う」と自信をのぞかせるが、実現性はあるのか。  世界記録樹立に関しては、どれだけ追い風に恵まれるかがポイント。1・0mの追い風で記録が0秒067向上するとのデータ(日本陸連前科学委員長の筑波大・阿江通良教授)があり、追い風0・9mだった9秒58の際にあと1m風が強ければ9秒51前後になっていた。向かい風0・3mだった19秒19の際に追い風が1・7m吹いていれば、19秒05前後のタイム。ここまでの水準になると公認限度2・0mに近い風の助けが不可欠なので、8月上旬のロンドンの夜の風向き次第ということになる。  ▽ライバルは最も身近な練習相手  偉業に向けた最大の障害は最も身近なところにあった。急成長した同じクラブの後輩、ヨハン・ブレークの存在だ。昨年の世界選手権(テグ)100m決勝でボルトがフライング失格した後のレースで圧勝した。先ごろ行われたジャマイカ選手権100mでは出遅れたボルトが完敗。得意の200mでも接戦の末に敗れ、伸び盛りの22歳に国内2冠を許すまさかの結果になった。ミルズ・コーチの配慮で、最近は練習も別々にこなすようになったとか。本人は否定するが、苦手意識がぬぐい去れない100mでのスタートの不安に加え、得意の200mでも5年ぶりに敗れた衝撃は小さくないだろう。  果たして本番で巻き返せるのか。ジャマイカでのレースの仕上がりは8割程度だったはず。大会にピークを持ってくる調整能力は群を抜いているので、最後は自分の力を信じてレースに臨めるかどうかだ。国内予選では硬い表情だった陽気なカリビアンが、大好きなレゲエのリズムに乗って決勝の舞台に立つことができれば、五輪史に金字塔を打ち立てることになるだろう。 (共同通信社編集局スポーツ企画室長 船原勝英)