間近に迫ったロンドン五輪開幕を、ひときわ心待ちにする県勢選手がいる。アーチェリーでアテネ、北京に続く3度目の五輪出場を決めた青森市出身の古川高晴選手(27)=近大職=だ。波に乗れなかった昨年、あるアドバイスをきっかけに立ち直り、本番1カ月前の最終選考会で出場枠をつかんだ。男女通じてアーチェリー日本の最年長選手は「点数を取って、チームを背中で引っ張っていきたい」との決意で大舞台に臨む。 「ここぞ、というときに、力を抜いてみろよ」 昨年12月。母校・近大の山田秀明監督、職場の元上司と3人で学内の喫茶店でコーヒーを飲んでいたとき。何気ない元上司の言葉が、古川選手の心に響いた。 トンネルから抜け出せなかった昨年。夏の世界選手権で一足早く五輪出場権の獲得を狙っていたが、団体では1回戦敗退。個人では大学の後輩・菊地栄樹選手(26)に敗れ、出場決定を先に越された。もやもやを抱えたまま、五輪前年という大切な1年を終えようとしていた。 アーチェリーは強い精神力が試されるスポーツだ。数十メートル先の的の中央部分に当て続けることは「ノートに全く同じ形の円を、繰り返し描くのと同じくらい難しい」(古川選手)という。古川選手はせっかく10点を連取しても、3本目でミスするなど、自ら流れを手放すことが多かった。 悩みを深めていたとき、元上司のアドバイスを聞き、光が見えた気がした。「今までいろんな言葉を言われても何にも感じなかったのに『あっ、足りなかったのは、これなんじゃないかな』。自分の胸にピーンときた」。15分間の雑談の中で、復調へのヒントをつかんだ。 今年に入り、余計な力みが消えた。「7、8点でもいいんだ」とふっと一呼吸。自分に言い聞かせて矢を放つと、自然と的の真ん中に決まっていった。6月下旬、米で開かれた五輪最終選考会でも、本調子ではない中で、楽に構えることを心掛け、結果を出した。 本番直前、ぎりぎり滑り込んだ3大会目の五輪。過去2大会は、決して納得いくものではなかった。アテネでは日本出発前日に、嘔吐(おうと)するほど緊張。北京では個人のみに出たが、「勝たなきゃ、勝たなきゃ」という重圧に負け、初戦で屈した。 しかし、今回は違う。「肩の力が抜けている。いい感じ」。都内での強化合宿が公開された19日も菊地選手、石津優選手(25)にしきりに声を掛け、会見でも3人の真ん中に座って応じるなど、中心選手としての存在感を見せた。 団体、個人でのメダル獲得に向け、鍵は「自分自身のコントロール」という。「勝ちたい、勝ちたい−という欲求をぐっと押さえて、冷静に打つ。それができれば、可能性は十分」 迷いを抱えていた自分とは、もう決別した。一つ壁を乗り越えたリーダーは、アドバイスを胸に刻み、ロンドンへと旅立つ。