ロンドン五輪の柔道男子66キロ級で、海老沼匡(まさし)選手(22)=パーク24=が銅メダルを獲得した。金メダルを狙って挑んだだけに、本人は悔しさをにじませた。それでも、初の夢舞台で堂々のメダリスト。今後も期待される若き逸材の柔道人生は、小学校を卒業するまで過ごした実家のある小山市で、長兄聖(さとる)さん(28)=同=の背中を追い掛ける日々から始まった。 (磯谷佳宏)  「とにかく、聖にあこがれていた」。父時男さん(58)は幼少期の海老沼選手をそう語る。「生まれたばかりの匡をおんぶして、聖を柔道クラブに通わせていた。だから、匡にとって柔道場は、生まれたときから日常の風景だった」。五歳から歩み始めた柔らの道。海老沼選手には必然の流れだった。  幼いころの練習用具であり、遊び道具は柔道四段の父が手作りした柔道人形。実家の和室で、次兄毅さん(24)を交えた三兄弟は、柔道人形を背負い投げたり、時には互いに組み合ったりした。「遊ぶにしても柔道。畳がぼろぼろになってしまって」と、母道子さん(52)は当時を思い出してほほ笑む。  聖さんは、後に全日本ジュニア体重別選手権で優勝し、高校総体でも個人と団体で二冠を達成するなどした経歴を誇る実力者。それだけに、海老沼選手は物心が付いたころから兄の試合を見ては、柔道を研究し続けた。  道子さんは言う。「兄の試合を見て技が自然と身に付いていた。小学三年のころには、試合の運び方や、駆け引きも分かっていた」。考え、イメージした通りに実践できる能力。「小山の怪童」は、類いまれな“柔道脳”の持ち主でもあった。  子ども時代の海老沼選手について、聖さんは「かわいい弟だった」とちょっぴり照れくさそうに振り返る。「あいつの柔道は守ったり、駆け引きしたり相手の様子を見たら負ける。思い切って自分の柔道をしてほしい」。機先を制する攻めの柔道。思いを一つに現地で戦況を見守る兄の目の前で、最後に決めたのは豪快な大腰での一本勝ちだった。 ...[記事全文](this.kiji.isドメインへ遷移)