今年、完成から1300年目を迎えた古事記を読むと、古代の神々の人間くさい振る舞いにあらためて驚かされる。泣いたり笑ったり怒ったり、喜怒哀楽に満ちた物語が、次から次に繰り広げられて飽きない▼きょうから27年ぶりに山鹿市の八千代座交流施設で写本が一般公開される「古事記伝」の著者本居宣長[もとおりのりなが]も、おおらかな感情を素直に表す「やまとごころ」の原点を愛したのだろう。「おほどかにやはらびたる」「直[なお]くみやびやかなる」と「神代の心ばへ」を評している▼宣長が説いた「もののあはれ」も、悲しみをたたえた哀れに限らず、うれしい楽しい恋しい、その他さまざまな心の動きだとしている。物や出来事に触れて、「ああ」と思わず発せられる感嘆やため息が、歌心をもたらす日本人の情の根本なのだという▼宣長の論にならえば、このところ目まぐるしく心動く「もののあはれ」の夏を過ごしている。ロンドン五輪での日本選手たちの活躍に喜びの声を上げ、その陰にある敗者の涙にしみじみと悲哀を感じたりする。混迷を極めたここ数日の政界に目を転ずれば、「ああ、またか」とため息がもれるばかりだろう▼本紙が読者の皆さんに届くころには、五輪の女子サッカー決勝が結末を迎えているはずだ。現代の「やまとなでしこ」たちが喜怒哀楽をつづった物語は、どんな展開を見せるのか▼眠気をこらえテレビ中継に見入るファンから、「やまとごころ」を震わせるさまざまな「ああ」が、未明の茶の間に響いているに違いない。 ...[記事全文](this.kiji.isドメインへ遷移)