ボクシングのダブル世界タイトルマッチは16日、埼玉県春日部市総合体育館で行われ、世界ボクシング評議会(WBC)フライ級タイトルマッチは同級1位で28歳の五十嵐俊幸(帝拳、秋田・西目高-東農大出)が、王者のソニーボーイ・ハロ(フィリピン)に2-1で判定勝ちし、世界初挑戦で王座を奪った。戦績は18戦16勝(10KO)1敗1分け。ハロは初防衛に失敗した。世界ボクシング協会(WBA)スーパーフェザー級チャンピオン、32歳の内山高志(ワタナベ)は同級6位のマイケル・ファレナス(フィリピン)と対戦し、内山が偶然のバッティングで負傷したため、3回1分15秒で主審が試合を止め、負傷引き分けで5度目の防衛を果たした。内山は2、3回に相手の頭が当たって右目上が切れ、続行不可能と判断された。戦績は19戦18勝(15KO)1分け。2004年アテネ五輪代表の五十嵐は、五輪経験者ではロイヤル小林、平仲明信に次いで3人目となる日本選手の世界王者となった。日本のジムに所属する男子の現役世界王者は1人増えて8人となった。五十嵐俊幸(帝拳) 判定  ソニーボーイ・ハロ(フィリピン)50.8キロ        50.8キロ◎手数上回り/判定2-1 【評】五十嵐は右ジャブで距離を保ち、手数で上回って僅差の判定勝ち。的確なボディーで相手の動きを止め、ロープに追い詰める場面もあった。9回に連打をまともに浴び、11回には左目上を切ったが、12回も果敢に手を出し続けた。 ハロは意外に伸びる右ストレートや打たれ強さが光ったものの、有効打が少なくポイントを稼げなかった。◎初挑戦「精神力で勝った」 11回に左目の上を切り、痛々しく流血した。相手がたたき込む大振りのパンチを何度も受け、ふらついた。それでも世界初挑戦の五十嵐は耐え、勝った。「最後は気持ちで闘った。精神力で勝った」とリング上の激闘とはうって変わり、静かな口調で分析した。 通算20度以上の防衛を誇るポンサクレック・ウォンジョンカム(タイ)から王座を奪ったハロは緩急自在のペースで猛攻。8回終了時の採点では2-1とリードした五十嵐だが、途中経過は最後まで耳に入らなかったという。「ずばぬけたパンチ力。今までで一番効いた。でも効いた時こそガードを固めて前に出た」と恐怖心を勇気に変えた。 背中を押したのは帝拳ジムの本田明彦会長の「根性だ」の言葉と、ジムの大先輩で同じフライ級で世界を制した伝説のボクサー、故大場政夫の勇姿だった。「パンチは何回も効いたが、大場さんの逆境から逆転していくシーンが頭に焼き付いていた」 由利本荘市出身の28歳。東農大時代に出場した2004年アテネ五輪は1回戦で敗退したが、ロンドン五輪開幕直前の時期に五輪経験者では3人目となる日本選手の世界王者となった。「プロの頂上の闘いになると、最後は気持ちの勝負になる」と言い切る五十嵐は、まぎれもなくプロの世界王者の顔つきだった。<ハロ不機嫌「判定には不満だ」> 敗れたハロは「五十嵐のパンチは、当たったと言ってもほとんどがジャブ。判定には不満だ」と不機嫌だった。 通算20度以上防衛した名王者、ポンサクレック(タイ)を倒して奪ったタイトルを一度も守ることができなかった。重いパンチで相手にダメージを与えた場面も多かっただけに「(KOの)チャンスは何回かあった。機会があれば再戦したい」と話した。<パンチ力強化課題/大橋秀行・日本プロボクシング協会会長の話> 五十嵐は打たれ強さと精神力が勝因。もっとパンチ力をつけるのが課題だ。内山は最近の中で一番苦戦していた。相手が粟生なら、もっとやりづらいだろう。 <五十嵐俊幸(いがらし・としゆき)> 秋田・西目高で高校総体と国体のライトフライ級を制し、東農大時代に04年アテネ五輪に出場。06年8月にプロデビューし、08年8月に日本フライ級暫定王座を獲得。同年12月の王座統一戦に敗れたが、11年2月に空位の正規王座を奪った。スピードが持ち味の左ボクサー。戦績は18戦16勝(10KO)1敗1分け。166センチ。28歳。由利本荘市出身。 ...[記事全文](this.kiji.isドメインへ遷移)