実力、人気共に日本バドミントン界をリードしてきたロンドン五輪混合ダブルス代表の潮田玲子選手(28)=日本ユニシス、福岡県苅田町出身=が、競技人生の集大成となるコートに立っている。五輪後の9月に引退することを表明した潮田選手。血のにじむ練習に耐えて名選手に成長した姿を見守ってきた古里の恩師たちは「五輪で満足できる結果を残させてあげたい」と祈っている。 「難しいショットを教えてもすぐものにし、センスが抜群だった」。潮田選手が小学1年から中学3年まで通ったバドミントンチーム「京都(みやこ)クラブ」(苅田町)の泉将弘コーチ(40)は話した。同じ学年の中で一番体が小さかったが、俊敏な動きと鋭いショットが光った。小学生の時、中学生を破ることがしばしばあり、小学6年の全国大会では3位に入った。 「負けん気と勝負どころの集中力がすごかった」と泉コーチ。仲間から「玲子ちゃん」と慕われ、主将も務めた。泉コーチは「最後は笑顔でコートに立っていられるよう、楽しんで悔いのない戦いを」とエールを送る。 潮田選手の母校、九州国際大付属高(北九州市八幡東区)バドミントン部の明神憲一監督(41)は、潮田選手が壁にぶつかって、もがいた1年間を忘れない。即戦力と期待されて入学したが、体づくりがうまくいかず、けがに泣かされた。「あまりに沈み込むので、やめるかもしれないと心配した。でも、あのつらい時期があったから今があると思う」と振り返る。 とにかく練習の虫だったという。学校周辺の坂道で苦手な走り込みを続け、全体練習後も1人で「壁打ち」を繰り返した。疲れから、自宅に帰る電車の中で寝てしまうため、かばんに目覚まし時計を入れていたという話も。努力が実り、高校2年の全日本ジュニアで優勝。大粒の涙を流した。 その後、日本を代表する選手へと成長し、五輪出場は2度目。8月1日(日本時間)には予選3戦目を迎える。明神監督は「多くの人がバドミントンに親しむきっかけをつくってくれた功績は計り知れない。最高の舞台でメダルを手にし、後輩に刺激を与えてほしい」と期待している。=2012/07/31付 西日本新聞朝刊= ...[記事全文](this.kiji.isドメインへ遷移)