「ヒトラーの五輪」ともいわれる76年前のドイツ・ベルリン五輪に出場した女性が、今も九州で健在だ。16歳で陸上女子100メートルに挑んだ福岡県大牟田市の小宮悦子さん(92)。第2次世界大戦のため、1度だけの五輪出場でアスリート人生を終えた。「戦争がなかったらねー」と振り返る小宮さんは、ロンドン五輪出場の日本人選手たちに「平和な世の中が一番。勝利を目指して頑張って」とエールを送る。 小宮さんは同県八幡市(現北九州市)生まれ。小学5年で陸上を始め、八幡高等女学校(現八幡中央高)に在学中、ベルリン五輪日本代表に選ばれた。身長157・5センチ、100メートルの自己ベストは12秒4。180人の日本人選手団の中で最年少だった。 1936年8月3日の予選。最初の20メートルは金メダルを取った米国のヘレン・スティーブンス選手らを引き離したが、後半伸びずに4位に終わった。4年後の東京五輪に再起を期した。しかし、37年、日中戦争が起きて東京五輪は中止に。小宮さんの「夢」も消えた。 3年後に結婚。夫の仕事で朝鮮半島に渡り、2児の母になった。だが、引き揚げ時に夫が死去。戦後は大牟田市で教師をしていた父親の実家に帰り、中学の体育教師になって子どもを育て上げた。 ベルリン五輪は今も大切な思い出だ。小宮さんには「宝物」がある。一緒にベルリンに行った選手たちのメッセージが書かれた手帳。200メートル平泳ぎで日本女子初の金メダリストになった前畑秀子さんは、その手帳に「忘れちゃいやよ」と記している。 一緒に暮らす長男の正城さん(68)によると、5年ほど前、小宮さんは2階から庭に落ち、頭に大けがを負った。医者からは「過去の記憶が戻らないかも」と言われたが、リハビリで少しずつ記憶を取り戻している。「どうしてそんなに速く走れたんですか」と小宮さんに聞くと、「生まれつきよ。若かころから、薪を取りに険しい山道を毎日登っとったけんね」と得意顔で話した。 4日(日本時間)、ロンドン五輪陸上女子100メートル予選に福島千里選手(北海道ハイテクAC)が出場する。福島選手の写真を見て「顔もユニホームもかわいか。私の時代と全然、違うばい」。そして「代表に選ばれたら、勝たんといかん。100メートルは短かかけん。最初の3歩で決まると。体格に合わせてフォームをどうするか。毎日研究せんといかん」と語気を強めた。92歳、アスリートの魂も健在だ。=2012/08/02付 西日本新聞朝刊= ...[記事全文](this.kiji.isドメインへ遷移)