金メダル候補がロンドン大会で残したのは「途中棄権」の事実だけだった。劉翔。陸上競技ファンなら誰でも知っている、中国が誇る110メートル障害の名選手だ。  ▽V候補、1台目で転倒  そのハードラーは7日の予選でスタート直後に転倒してしまった。1台目のハードルに足を引っかけたのだった。しばらくして立ち上がると左足だけでピョンピョンと飛び跳ねるようにゴール方向に向かった。そして最終障害の所まで来ると、自分のレーンに戻りハードルに口づけ。まるで競技生活に、五輪に別れを告げているように映った。  劉翔は21歳で迎えた8年前のアテネ大会で優勝。続く北京大会では「国民的英雄」として絶大な期待を集めていた。ところが人知れず故障との戦いを続ける日々だった。右足アキレスけんに重大な爆弾を抱えていたのだ。迎えた本番。劉翔はぶり返した右足の激痛と闘っていた。それでも競技当日、スタート位置についた。号砲が鳴ったがフライングがあってすぐやり直しに。しかし、劉翔はレースに背を向け、肩を落としたまま競技場から姿を消した。棄権したのだ。  走らずに消えた英雄に、心無い非難と中傷の嵐が襲った。中国では五輪を契機に国家意識とメダル至上主義が異常なほどの高まりを見せていた。劉翔はその流れにさらされ餌食にされた。ネット上で「非国民」のレッテルまで貼られたという。  ▽復活、再び襲った不安  心にまで深い傷を負ってしまったが、復活への努力は怠らなかった。そしてこの5月、上海での競技会で12秒97をマークして快勝した。自身5年ぶりの12秒台で、ロンドンの優勝候補として再び脚光を浴びることになった。だが、本番直前になって足や腰の不調がささやかれてもいた。  本人の肉声は聞こえてこないが、ロンドンで取材する中国メディアの一人は「けがとの闘いの難しさを示した」と同情的な意見を口にした。中国では短文投稿サイト「微博(ウェイボ)」に多数のコメントが寄せられた。足の不調が事前に伝えられていたせいもあり「今もわれわれの誇り」「再起に期待する」など励ましの声も多かったそうだ。  一度は頂点に上り詰めた。ところが成長、円熟期を迎えるはずだったその後は2度連続の棄権。けがのためひっそりと消えていく競技者の方が圧倒的に多い中、劉翔の競技人生は明暗があまりに極端だ。優勝の栄光の後の2大会連続棄権という数奇な事実は、五輪史に長く語り継がれていくことになるだろう。 (文責 47NEWS 岡本彰)