4年をかけて、メダルの色を銀から金に押し上げた。体操の内村航平が五輪で輝く瞬間を、どれだけの人たちが待ち望んでいただろうか。表彰台の頂点で金メダルを掲げる笑顔が、実にいい。「体操ニッポン」のエースが、男子個人総合で自ら目標としてきた優勝を果たした。  ▽真のチャンピオン  体操には団体総合や種目別にもチャンピオンの称号はあるが、個人総合のチャンピオンこそが歴史に刻まれる真のチャンピオンだ。五輪のこの栄光に輝くのは、日本からは28年ぶり4人目。1964年東京大会の遠藤幸雄、68年メキシコ、72年ミュンヘン両大会の加藤沢男、84年ロサンゼルス大会の具志堅幸司に続く快挙で、内村はこの種目で2大会連続のメダリストとなった。  日本の体操界が追い求めてきた美しい体操を、この日も全6種目で展開した。「あん馬を乗り切れば、いい流れがくる」。スタートの苦手種目に前向きな気持ちで入った攻めの姿勢が、切れ味のある動きと安定した着地までの充実した演技に結実した。高得点の出にくいこの種目で15.066点をマークし、金メダルへの扉を開いた。  2種目目のつり輪で15.333点を出し、10位から4位に浮上すると、次は得意の跳馬だ。スピードに乗った助走から高さ、飛距離とも抜群の雄大なジャンプ。前向きになる難しい着地も鮮やかに決めた。16.266点。ここでトップに立った。平行棒でも首位を守り、鉄棒へ。落下による大きな失点を食い止めるため、大技のコールマンを演技構成から外して着地を決める戦略も当たり、15.600点。最終種目の床運動に入る前には2位に1.616点のリードをつくり、余裕を持って金へのゴールに到達した。  ▽「夢かと思った」  今大会は苦しい流れだったはずだ。世界選手権3連覇の堂々たる優勝候補。外国のライバルが一目も二目も置く存在だった。その大本命が、大事な大会直前の公式練習でつまずいた。ライバルにも審判員にも「強い内村」をあらためて印象づけるはずの場で、鉄棒の落下が続くなどミスが相次いだ。予選、団体総合決勝と負の連鎖を食い止めることはできなかった。ぎこちない笑顔に心身のバランスの乱れ、リズムに乗っていけない焦り、もどかしさが見て取れた。  団体総合での金メダルを大目標にしてきた。それだけにエースの責任を果たせず2位にとどまった悔しさから、気持ちを切り替えるのは大変だったろう。金メダルを手にして安堵(あんど)の表情を見せ「表彰台に上がったときは夢かと思った。やっとここまできた」と、かみしめるような口調だった。  五輪チャンピオンにふさわしい演技でつかんだ栄冠だ。金メダルの重さは、苦労をし苦戦をしただけさらに重さと輝きを増すことだろう。「体操ニッポン」を担った先人も、みな同じ道を歩いてきた。遠藤幸雄さんが天国から祝福していると思う。「よくやった。美しい体操だった」と。 (共同通信社スポーツデータ部長 中村広志)