競泳の男子200メートル(m)バタフライ決勝。「打倒フェルプス(米国)」を掲げていた松田丈志は、久世由美子コーチとレース前から「ラスト50の勝負」と読んでいた。確かにそのように展開し松田は懸命に先頭のフェルプスに食い下がった。たが、予想とは異なる結果が出た。なんと激しく追い込んだ伏兵のレクロー(南アフリカ)がゴール寸前、抜け出して優勝をさらってしまった。松田は北京に続く3位。  ▽伏兵にしてやられる  4年前の北京でフェルプスの強さを思い知らされた松田は、「フェルプスを破って金メダル」の一念で頑張ってきた。しかし、現実はフェルプスばかりか格下で五輪初出場の20歳にもしてやられた。レース直後のコメントに複雑な思いが込められていた。  「またメダルを取れてうれしい。3番だったけど会心のレースができた」という満足感と「金メダルまであと(約)0秒3で、惜しかった」という無念さがない交ぜになっていた。  ▽やはり怪物  トンビに油揚げをさらわれたような気分になったのは、フェルプスも同じだろう。先の400m個人メドレー(4位)に続き、またしても同一種目の3連覇を、あとひとかきのところで逃したからだ。北京8冠の超人も威光が薄れたかなと思ったが、このレースから程なく行われた800mリレー決勝では優勝し、獲得通算メダル数を史上最多の19個とした。リレーのアンカーとしては疲れ果ててのゴールで、怪物のイメージには似つかわしくなかったものの、積み重ねた実績はフツーのスイマーができることではない。  ▽銅メダルラッシュ  競泳はこの日で前半戦を終え、日本が今大会で得たメダルは5個となり北京大会と同数になった。北京は北島康介が100、200m平泳ぎで取った金メダル2個が含まれていたが、今回はすべて銅メダル。現地1日以降にV3を狙う北島や立石諒が出場する200m平泳ぎなどで上積みができるか。  日本競泳陣の歴史をひもとくとすごい栄光にたどり着く。1932年のロサンゼルス大会では金、銀が各5、銅2の計12個。続くベルリン大会は計11個で、まさに「水泳ニッポン」の異名通りだ。ちなみに戦後はアテネの8が最多となっている。 (47NEWS 岡本彰)