日本選手団にようやく金メダリストが誕生した。柔道女子57キロ級で、攻め抜いた松本薫が頂点に立った。これまで五輪で数多くの優勝者を輩出し、お家芸を自負してきた柔道陣営の焦燥感は深かった。2日間の競技を終えて優勝者ゼロ。大会序盤の柔道で弾みをつけ選手団全体に波及させる、とのメダル獲得作戦のシナリオが崩壊寸前だったからだ。  ▽陣頭指揮  園田女子監督が陣頭指揮に立った。大会前から女子の方が男子より金に近いと見られていた。中でも自信を持って送り出した福見友子、中村美里の「二枚看板」が相次いで完敗し、メダルに手が届かなかった。2人の戦いをスタンドから見ていた監督だったが、この日は自らコーチ席に入った。  松本が見事に応えた。初戦から眼光鋭く相手をにらみ付け、圧倒的に攻め立てた。闘志が観客席にまで伝わるような迫力だった。それでいて、園田監督の指示にしっかりと応じる冷静さも保っていた。心技一体となった攻撃が対戦者をすくみ上がらせた。この圧迫感が決勝では相手の反則を誘発したのではないだろうか。  ▽最高のプレゼント  5人きょうだいが全員、金沢の柔道塾に通う環境の中で育ち、松本は6歳の時から柔道着を身に着けたという。中学生の時、全日本のジュニア海外遠征メンバーに抜てきされた際のエピソードがある。母親の恵美子さんに「薫はいろんな所に行けていいわね」と言われて答えたのが「私が五輪に連れて行ってあげる」だった。  夢が実現した。家族はそろって初めての海外旅行でロンドンにやってきた。そこで目にしたのが薫の輝く笑顔と金色のメダルだった。これ以上うれしいプレゼントはない。  ▽三枚看板  「君が代の聞こえ方が全然違った。ずっと五輪のためにやってきたので気持ちは全然違う」。初出場の松本が表彰台の中央で味わった、勝者だけが体験できる感慨である。「(今は)パフェが食べたい」とスイーツへの渇望を口にして、24歳の素顔ものぞかせた。  園田監督はほっとしたような顔で言った。「松本は勝ちたい気持ちを抑え、組み手から(試合を)つくってくれた。二枚看板ではなく、三枚看板でした」。 (47NEWS 岡本彰)