五輪運動の最大の目的は、スポーツを通じた国際平和への貢献です。五輪の憲法ともいえる「五輪憲章」にも明記されています。しかし、これまで何度も国際情勢の荒波にもまれてきました。夏季五輪は1916年の第6回が第1次世界大戦、1940年の第12回、1944年の第13回は第2次世界大戦により中止となりました。戦後は東西冷戦時代の国際緊張が五輪に色濃く陰を落とし、テロの脅威にもさらされてきました。戦火や暴力のない世界で、真の「平和の祭典」が開かれることを誰もが待ち望んでいます。

▽不毛のボイコット合戦

第2次大戦後、五輪は大きく発展しました。世界からの注目度が高まったことにより、五輪を利用しようとする勢力が戦前以上に台頭してきました。国際政治の道具にしようとするケースもあれば、過激派勢力が暴力に訴えるテロもあります。

象徴的な政治利用は、1980年のモスクワ五輪とその4年後のロサンゼス五輪で相次いだボイコット合戦でした。当時は東西冷戦時代の真っただ中。当時のソ連の首都モスクワで開催された80年大会は、ソ連軍のアフガニスタン侵攻に反発した米国のカーター大統領がボイコットを提唱し、約30カ国・地域が同調しました。日本オリンピック委員会(JOC)も当時の日本政府からの圧力をはね返せずに、不参加を決めました。マラソンの瀬古利彦、柔道の山下泰裕、女子バレーボールなど金メダルが期待されていた多くの有力選手が「幻の五輪代表」に涙しました。

米ロサンゼルスで開かれた84年大会では、ソ連を中心とした東側諸国が報復のボイコットに踏み切りました。世界最高レベルの力と技を競うはずの大舞台が2大会連続して「不完全な五輪」となり、メダル争いのドラマは味気ないものになりました。「五輪の危機」でもありました。

その後、五輪全体の形をゆがめるほどの政治的ボイコットはありませんが、複雑な国際情勢の影響を排除できるまでには至っていません。冷戦構造の終結とともに、地域紛争や宗教対立が世界各地で頻発し、安息の日々はまだ訪れていません。1994年のリレハンメル冬季五輪の開会式スピーチで、国際オリンピック委員会(IOC)のサマランチ会長は紛争地域に向かって「戦いをやめよ。殺し合いをやめよ。銃を捨てろ」と五輪休戦を呼びかけました。平和の訴えは五輪運動の大きな使命になっています。

1994年リレハンメル冬季五輪の開会式では10年前の冬季五輪開催地だったボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ(当時はユーゴスラビア)の惨状を悼み、サマランチIOC会長ら式典参加者が黙とうを捧げた(共同)
1994年リレハンメル冬季五輪の開会式では10年前の冬季五輪開催地だったボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ(当時はユーゴスラビア)の惨状を悼み、サマランチIOC会長ら式典参加者が黙とうを捧げた(共同)

 ▽悲劇を乗り越えて

 五輪史上で最悪のテロは1972年ミュンヘン五輪で起こりました。大会期間中にパレスチナ・ゲリラがイスラエル選手団宿舎を襲撃し、選手らを人質にとってイスラエル当局に拘束されていたゲリラ仲間の釈放を求めたのです。事件の結末は悲惨でした。ゲリラ側と当時の西ドイツ当局との銃撃戦となり、最終的には役員、選手11人が犠牲になりました。

 ミュンヘンの悲劇の後、五輪の警備は厳重になりました。それまでの大会はまだ牧歌的な雰囲気が残り、選手と市民の交流も随所でありました。ミュンヘン後は、競技場や選手村はフェンスで囲われるようになり、武器を持った警察官や軍隊が警備に動員されるのが普通になっていきます。選手は、完全に隔離された状態で五輪に臨むようになったのです。

 それでも1996年アトランタ五輪では爆弾テロ事件がありました。警備網はさらに厳しくなり、2001年の米中枢同時テロ以降は「セキュリティー」がどの大会でも最優先の課題になっています。五輪施設のすぐ近くに装甲車が配備され、迎撃ミサイルが設置されることもあります。競技場など五輪施設にアクセスするには、何重ものセキュリティーチェックを通過しなければなりません。時間と手間のかかる面倒が増えましたが、五輪の安全のため省くことができない手続きなのです。

 中東を中心に不安定な国際情勢はいまも変わらず続いており、過激派組織によるテロは欧州など世界各地に拡散しています。2013年のボストン・マラソンで爆弾事件があったように、人気のあるスポーツ大会は常にテロの標的にされています。世界で最も注目を集める五輪では、だからこそ最大級の警戒が必要なのです。

 テロの恐怖におびえて五輪をやめてしまうことは、テロに屈することになります。ミュンヘンでもアトランタでも、テロ事件後も五輪は続開されました。世界中からアスリートが一堂に集い、最高の競技を見せることが大事なのです。スポーツができる喜び、スポーツを楽しむ幸福を感じることは、平和の大切さを再認識することでもあります。五輪は、世界に平和のメッセージを発信しています。
                              
                              (共同通信オリンピック・パラリンピック室 荻田則夫)