今夏のリオデジャネイロ五輪は28競技、306種目が実施され、国際オリンピック委員会(IOC)に加盟している約200カ国・地域から1万人を超える選手が参加します。1896年の第1回アテネ五輪はわずか8競技で種目数は計43。参加したのは14カ国からの選手241人でした。五輪は規模、中身とも大きく発展してきましたが、あまりに巨大なイベントになったため運営に支障をきたすようにもなりました。大会の拡大を求める声と、肥大化を抑制すべきだとのせめぎ合いがずっと続いています。

▽女子種目が急増

1964年東京五輪は当時「史上最大の祭典」と言われていました。参加93カ国・地域はそれまでで最多だったからです。それでも参加選手は約5000人、実施20競技、163種目でした。選手数、種目数とも今の五輪の半分くらいの規模でした。

この東京五輪では、大会プログラムでも新たな動きがありました。柔道とバレーボールが新競技として初めて実施されたのです。ともに日本の得意競技で、両競技の採用は東京大会の盛り上げに大きく貢献しました。ただ五輪への新競技採用は野放図に認められてきた訳ではありません。かつては五輪憲章で、五輪採用条件としてその競技が「何大陸以上、何カ国以上で広く行われていること」と定められ、普及度が大きな条件でした。五輪競技になることは、その競技が世界的なスポーツとして認知される勲章のようなものでした。

ですから各競技が五輪の仲間入りを目指します。既に五輪で実施されている競技からも、新種目を取り入れたいとの要望が次々と出てきます。IOCは普及度を軸にさまざまな検討してきました。1970年代以降では、アーチェリー、テコンドー、トライアスロンなどが新競技に採用され、リオデジャネイロ五輪ではゴルフと7人制ラグビーが加わります。

第1回アテネ五輪では女子選手はゼロでした。医学的な見地から女子には激しいスポーツは向かないと考えられていました。その後、徐々に女子スポーツが認知されていき、過酷すぎるといわれていた女子マラソンの五輪採用は1984年ロサンゼルス大会でした。1992年バルセロナ大会では柔道、1996年アトランタ大会ではサッカー、2000年シドニー大会では重量挙げ、2004年アテネ大会ではレスリングに女子種目が加わりました。2012年ロンドン大会ではボクシングに女子が登場し、すべての競技で女子が参加するまでになりました。

スポーツクライミングは2020年の東京五輪での追加競技候補になっている。「スピード」は10メートルほどの人工壁を登る速さを競う(連続合成写真)
スポーツクライミングは2020年の東京五輪での追加競技候補になっている。「スピード」は10メートルほどの人工壁を登る速さを競う(連続合成写真)


▽参加人員に上限設定

 競技団体にとって五輪競技になるメリットは図りしれません。認知度が上がり、競技人口が増え、広く世界に普及していく展望が広がります。その競技の観客動員増やスポーツ用品売り上げ増など、関連業界にも利益をもたらします。  

 IOC側にも新競技採用の利点があります。人気競技が加われば、世界最高峰の競技会の価値がさらに高まります。プロのスーパースターが出場できるテニスやゴルフの復活にはそんな思惑もあったようです。

 巨額の放映権料金を支払うテレビ界の意向も無視できません。テレビで見ておもしろいかどうかも、五輪競技入りの要件になっているようです。2020年東京五輪では野球・ソフトボール、空手とともに、ローラースポーツ、スポーツクライミング、サーフィンが追加実施競技の候補になっています。ユニークな新競技は、テレビ映えするとの期待もあるようです。

 一方で大会の肥大化には歯止めが必要です。実施競技数、参加選手数が増えれば、競技会場や宿泊施設の整備など各方面で大会運営の費用がかさみます。このまま大会の規模が拡大していけば、五輪は大国や大都市以外では開けなくなるとも指摘されるようになりました。

 そこでIOCは参加選手・役員数の上限を定めるようになりました。現在の五輪憲章では、その上限は選手総数1万500人、監督やコーチなどの役員総数は5000人と明記されています。選手・役員合わせて1万5500人以上は収容できないとしているのです。

 この上限を守るため、各競技で参加人数を厳しく制限しています。20年東京五輪で追加競技が認められたとしても、参加できるチーム・選手数は限定されます。既存の実施競技でも団体競技では予選でチーム数が絞られ、個人競技では世界ランクや参加標準記録で高いハードルを設定しています。

 かつて「五輪は勝つことより参加することに意義がある」と言われていました。これは「試合の勝ち負けより、参加することで世界各国と交流することの方が重要です」との趣旨でした。それが今では、厳しい予選や選考会を勝ち抜いて参加すること自体が、大変難しいことに変わっています。その中でメダルを獲得するのは、さらに至難の業なのです。

 五輪は規模が限界近くまで大きくなったといえます。それでもなお、大会の質の向上を求めて競技プログラムを含めた見直しが常に進められているのです。
                               (共同通信オリンピック・パラリンピック室 荻田則夫)