オリンピックは地球上で最も注目を集めるスポーツの祭典です。ただ、その歴史には紆余(うよ)曲折もありました。8月にブラジルで開幕するリオデジャネイロ五輪を前に、五輪への理解を少しばかり深めてみるのはいかがでしょうか? 見方が変わり、より祭典を楽しむことができるかも。最初のテーマは「五輪でのアマとプロ」です。

▽厳格だったアマ規定

テニスに錦織圭、ゴルフには大山志保ら。リオ五輪には日本からもトッププロを含む最強の選手団が派遣される予定です。いまでこそ五輪は世界最高レベルの総合競技会ですが、長い間、最高峰の大会とはいえませんでした。1980年代ごろまで五輪は「アマチュアリズム」に縛られた競技会でした。現在のように、年間数十億円も稼ぐスパースターの出場は、どの競技でもかないませんでした。

今の若い人たちは「アマチュアリズム」といってもピンとこないかもしれませんね。「アマチュア」というのは、「プロフェッショナル」の対語で、職業としてではなく、自分の趣味や余技としてスポーツを楽しむ人たちのことを意味します。英国で発祥した多くの近代スポーツは「競技からは金銭的な報酬を求めてはならない」と厳格に定めていました。階級社会だった世紀の英国では、アマチュアスポーツは富める者だけの余暇だったのです。英国では一方でプロサッカーも普及しましたが、それゆえ当時のサッカーは労働者階級のスポーツとみられていました。

五輪の創始者の一人であるフランスのクーベルタン男爵がこの考えを引き継ぎ、五輪への参加資格に「アマチュアであること」を要求しました。五輪の参加資格に厳格な「アマチュア規定」を導入、多くの競技団体もこれに倣いました。プロ選手が参加できないのはもちろん、競技することや競技の名声で報酬を得ることを厳しく禁じていました。選手が企業の宣伝活動に協力することなどもご法度でした。

アマ規定に抵触したとして、有力選手が悲劇にあっています。代表的な例が、1972年札幌冬季五輪の開幕直前に起こったカール・シュランツ事件です。アルペンスキーの金メダル候補だったオーストリアのシュランツは、スキーメーカの広告活動に関与したとして追放されてしまいました。フィギュアスケートの羽生結弦、浅田真央やリオ五輪に出場する日本選手がテレビCMに引っ張りだこの現在からは、想像できない厳しさでした。

▽「最高の競技会」に

時代の変化とともに、1970年代からは五輪のアマチュ至上主義に制度疲労が目立つようになりました。4大大会でのプロアマ混在のオープン化に踏み切ったテニスが、アマチュア時代をしのぐ人気を集めるようになりました。オープン化の流れは各競技に波及します。

東西冷戦時代の弊害も出てきました。ソ連を中心とする旧東側諸国は、国威発揚のために国が支援する国家代表選手を次々と育成し、五輪のメダル争いを席巻しました。国がスポンサーになっている事実上のプロである東側諸国のトップ選手は「ステート(国家)アマ」と呼ばれ、西側諸国から不満があふれました。

五輪に出場できないトッププロによるサッカーのワールドカップ(W杯)が、五輪をも上回る人気を集めるようになったことも危機感を与えました。

「このままでは五輪の将来は危うい」。IOCはアマチュア規定の改定に取り組み、議論の末に、1974年にアマ規定を撤廃します。選手の参加資格の判断は、それぞれの競技を統括する国際競技連盟に委ねることにしたのです。事実上のプロ解禁です。この五輪オープン化の流れを先導したのが1980年にIOC会長に就任したフアン・アントニオ・サマランチ氏でした。

スペイン人のサマランチ会長は「五輪を世界最高の競技会にする」と明確な指針を示しました。1998年ソウル五輪ではスパースターを次々と輩出していたテニスが五輪に復帰し、1990年代にはバスケットボールやアイスホッケーでも北米のプロリーグで活躍するトップ選手の出場が実現しました。リオ五輪からゴルフが再開されるのも、そうした延長線上にある動きです。

▽プロも引きつける魅力

プロ選手も参加するようになり、これまで以上に五輪は世界の注目を集めるようになりました。祭典がより華やかになったことで、世界各国に五輪を中継するテレビ放送権料が高騰し、スポンサー企業も多く集まります。IOCや大会組織委員会は潤い、税金の使用を最小限にして五輪が運営できるようにもなりました。

選手の側にも変化があります。陸上や水泳などそれまでプロとは無縁だった多くの競技も事実上、プロ化しています。五輪以外の競技会では賞金大会が増え、選手もスポンサー契約や広告契約で高額収入を得るようになりました。かつてのアマチュアスポーツ時代とは一変し、選手には富という新たな目標ができたことで、全体の競技レベルも格段に向上しました。

選手寿命が長くなったのも「プロ化」の影響でしょう。かつてのアマチュア全盛時代は、生活のために引退を余儀なくされましたが、いまでは生活のために長く競技する選手が増えています。

ただ「プロ化した」と言っても、五輪では今でも賞金は出ませんし、競技場内では広告活動は禁じられています。それでも、既に各競技で名誉と富の両方をつかんだスター選手が「五輪に出たい」「メダルを取りたい」と意欲をかきたてているのです。「国を代表して戦うことの意義」「他の競技のトップ選手とも交流できるのが楽しみ」「なんと言ってもオリンピック。一度でいいから出てみたい」。五輪には、一言で説明できない魅力がいっぱい詰まっているのでしょう。
(共同通信オリンピック・パラリンピック室 荻田則夫)