新型コロナウイルス感染拡大による延期を経て、来年8月24日に開幕する東京パラリンピック。1964年以来の日本開催だが、実はその時の祭典には「第2部」が存在していた。国内選手を中心とした大会で、兵庫からは18人が挑戦。本大会に兵庫勢は出ておらず、彼らは当時の「東京」を知る貴重な存在でもある。その一人で、競泳自由形に出場した視覚障害者の田中環(たまき)さん(77)=兵庫県姫路市=は「記憶の色? ばら色や」と目尻を下げる。(有島弘記)

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 56年前の11月13日午後7時すぎ、東京体育館の屋内水泳場。当時21歳の田中さんは、競泳男子45メートル自...    
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