初老となったかつての聖火ランナーを、「お帰りなさい」の声が迎える。東京・新宿駅東口近くの居酒屋「大小原(だいこはら)」。坂井義則はいつも入り口近くのテーブル席に陣取って、ぬるめのかん酒を傾けていた。

 「聖火ランナーをやって、本当に良かった」。五輪の話が出るたび、坂井が漏らした言葉を、友人でもある店主大小原貞夫(76)は今も思い出す。

 最終走者として掲げた、あの時のトーチを手に店を訪れ、ほかの客に触らせていた。「これはぼくのものであって、みんなのものでもある」。何度も杯を交わした元本紙記者満薗文博(70)は、坂井の言葉を「東京五輪が象徴した戦後復興は、みんなで成し遂げたという思いなんだよ...    
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