角館南高(現角館高)卒業後に入った日立は「世界で勝つ」がチームの目標。監督の山田重雄さん(故人)からそういう教えを受けました。「金メダル以外はくずだ」とも言われた時代。このチームで日本代表を目指せば五輪に出場できると分かっていたし、やらなければいけないと思っていた。

 本気で金メダルを意識したのは、1974年のメキシコでの世界選手権で金メダルを取ったときから。自分の中では当時、気持ちがぷらぷらしていて秋田に帰って先生になりたいという思いもあった。実際、バレーボールをやめてカナダに留学する準備を進めていたんです。

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